うちの犬はよく喋る

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うちの犬はよく喋る

 朝目覚めると、うちの犬はもう喋っていなかった。  わんわん、と聞き慣れた鳴き声のする方を向くと、四本の短い脚で真っ直ぐに立つポチが愛くるしい瞳でこちらを見つめていた。 「わー起こしに来てくれたのポチ~! 今日もいい子だねえ。ん、なになに? 今日も千佳ちゃんに会えて嬉しいって? かわいい子だなあポチは~!」  ベッドから出てポチの頭をわしゃわしゃと撫でる。ポチはわふわふと言いながら目を細めた。「ちがうちがうちがう。そうでないことは昨日わかったはずであろう? 吾輩は今日も朝の一番の悩みについて思考を巡らせてだな……まあ、気持ちいいから良し」とでも言っているに違いない。  ほんと、うちの犬はよく喋る。 「もしかしたら飼い主にこれを伝えるために、神様は吾輩に言葉を授けてくれたのかもしれないな」  昨晩、眠る前に交わしたポチとの会話を思い出す。 「これって?」 「今までの感謝の気持ちだよ。出会って五年の記念にね」 「なにそれロマンチック」 「オスはみんな等しくロマンチストなのだよ。覚えておきたまえ、飼い主」    ダンディな声でそう言ってから、ポチは丸まって眠りに就き、私も「はいはい」と適当に返事をして目を瞑った。 「……よし」  柔らかな毛の感触を存分に堪能した私は手を止める。おすわりの体勢で待機するポチと目を合わせる。  その真ん丸な黒い瞳をじっと見つめて、私は昨日言いそびれた言葉を口にした。 「私の方こそありがとう」  ポチはこちらを見て舌を出す。  伝わっているかはわからないけど、それでもいい。きっとまた五年経てば、いやに流暢な紳士口調で喋り出すときが来るんだろうし。  それまで何度でも伝え続けよう。  言葉でも行動でも、伝える手段はいくらでもある。  ――キミが家族になってくれて、私は毎日幸せです。 「さて。お散歩いこっか、ポチ」 「わんっ」 (了)
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