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悠哉がまだお腹の中にいた時だから、離婚して今年で7年目。毎月1日だけ子どもに会える。
今日がその日だ。
ランドセルを後部座席へ積み込み、俺はガレージから車を出し、急いで前妻の家へ向かった。
心なしか、アクセルを踏む足に力が入る。
(ランドセル、喜んでくれるだろうか?)
今年の春、小学校へ入学する悠哉へのプレゼントだ。
ただ、俺がお父さんだとは悠哉には言ってない。
名のらないでくれと言う、前妻との約束だから……
『ピンポーン』
インターフォンを押すと、「は~い」とかわいい返事が返って来た。
「悠哉、おはよ!」
「ママ~おじちゃん来たよ」
ドアが開き、悠哉が顔を覗かせる。
「今日はどこ行きたい?」
悠哉を抱き上げ、家の中へ入る。
「ぼく、遊園地がいい」
「そうか、じゃあ遊園地行こうか」
「私も行こうかな」
いつもなら、悠哉とのお出掛けを笑顔で見送ってくれていた前妻が、洗い物を終え、キッチンから出て来て言った。
「珍しいな」
「あら、だめかしら?」
「いや、だめじゃないけど……」
「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ準備してくるね」
言って、悠哉を連れて前妻はその場を離れた。
ほどなくして、着飾った前妻と悠哉が俺の前に現れた。俺のそばを通ったとき、ふたりからほのかに甘い香水の香りがした。
化粧っ気の無かった前妻が、薄く口紅まで引いている。
「早く行こうよ」
悠哉が、青いリュックを背負いながら俺の腕を引っ張り、前妻が車のキーを指でカチャカチャさせながら笑顔で俺を見詰める。
「よし!忘れ物ないな。じゃあ行くか」
俺が立ち上がると、悠哉が飛びついて来たので、そのまま抱っこして玄関へ向かった。
日曜日の遊園地はかなり混み合っている。
一通りのアトラクションを楽しみながら3人で歩いていると、傍目には幸せな家族に見えるのかな?などと余計な事を考えてしまう。
「ママ!お腹減った」
悠哉が前妻に甘えん坊のように腕へ絡み付く。
「そうね、じゃああそこに行こうか」
彼女の視線を追うと、ガーデンテラスのあるカフェがあった。悠哉が走り出す。
「危ないから気を付けて!」
言いながら彼女が俺の横に並ぶ。
「もう、これっきりにしてくれない?」
「……」
「私、結婚するの」
彼女の視線の先、悠哉の隣には背の高い男性。
「悠哉も彼に懐いててね…」
ああ、そう言うことか。そりゃそうだよな、7年も経ってるんだ。俺だって再婚を考えたことがない訳じゃない。
「そう言えば、もうすぐ入学式だったな」
「あなたは来なくていいから」
「……何がいいかな?」
「何が?」
「入学祝い」
「ほっといて!何もいらないから」
「お前にじゃないよ。悠哉にだよ」
「だから、何も要らないって!……もう、私達に構わないで…いつか、あなたがパパだって知られるんじゃないかって、怖いの」
独り言のようにボソッと呟く。
「ママ~!おじちゃん!こっち、こっち!」
悠哉がテラス席から大きく手を振っている。
「おー!今行く!」
俺も手を振って応えた。
4月、悠哉の入学式の日。
俺は用事も無いのに朝からソワソワしていた。
色んな感情が溢れてきてジッとしていられず、何度も玄関とリビングを往復していた。
そして、いても経ってもいられず車に乗り込んだ。あの日、渡せずにいたランドセルはあの時のまま後部座席に置いてある。その中に文具セットを入れ悠哉宛に贈ることにした。
宅配の取次店へ行き、宛名を書く。
差出人は空白のまま。
この時には既に心は穏やかになっていた。
悠哉の父として、最後の責任を果たせたかな?もう会うこともないんだろうな。
ちょっとだけ目頭が熱くなった。
帰り道、色とりどりのランドセルを背負った小さな子ども達とすれ違った。もしかしたら、あの中に……なんて考えが過ったが直ぐに打ち消し車を走らせた。
たぶん前妻なら、俺からのプレゼントだって気付くんだろうな。その時、悠哉には何て言うんだろう?考えがまとまらぬま家路を急いだ。
あれからどの位過ぎただろうか?
日々の忙しさから、そんな事も薄れかけていた時、郵便受けに小さな包みを見つけた。
(何だ?)
俺はその包みを持って家へ入った。包装紙に挟まれるようにメッセージカードがついていた。
たどたどしい文字で『おじちゃんありがとう』と書かれている。
悠哉の文字だ。
何故か俺はそう思った。
最初、なんの事か分からずにいたが、直ぐにランドセルの事だと確信した。
メッセージカードをテーブルに置き、包みを開けた。
入学式の写真と、手作りのお守りが入っていた。
誕生日はまだ先なのに、何故?
ふと目に入ったカレンダーを見て、俺の頬を涙がつたった。6月の第3日曜日。父の日だと気付いたのだ。
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