三十年前の自分から、手紙が届いた。

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三十年前の自分から、手紙が届いた。

 三十年前の自分から手紙が届いた。  それは単なる偶然。私がたまたま自分の部屋の大掃除をしている最中、小汚い硝子瓶を見つけた。その中には一円玉や十円玉などの小銭が入っていて、蓋を開けると一番上に折りたたまれた一枚の便箋が入っていた。  それにはこう書かれていた。『未来の自分へ。夢がちゃんと叶っていますように』と。  少しずつだが記憶が蘇ってくる。確か、自分は中学生の頃、未来の自分に宛てて手紙を書いたことがあった、と。  恥ずかしい気持ちがふつふつと湧いてきたが、好奇心が勝り手紙を読むことにした。 『僕は十三歳の誕生日にこの手紙を書いています。未来の僕、小説家になるという夢は叶いましたか? 今、僕が書いている作品はちゃんと受賞したのでしょうか? きっと未来の僕は小説家になって毎日忙しいのでしょうね』  すまない、夢はなにも叶っちゃいないんだ。小説家になるどころか途中で挫折してしまい、夢を追いかけることすら諦めてしまったんだ。今はしがない居酒屋の親父なんかをやっているよ。  まるで手紙を通して過去の自分と会話しているような不思議な感覚に陥っていた。心の底から謝罪の言葉が溢れてきた。自分に対して謝罪するなど、とても不思議な気持ちだった。 『きっと辛いことばかりだったと思いますが、頑張ってください。だって、あなたは未来の僕なんですから。挫けそうになっても、きっとなんでも乗り越えられるはず。応援しております。未来の僕』  自然と深い溜息が出た。肺から息をすべて出し尽くした後、しばらく呼吸を停止してうなだれてしまった。  まるで走馬灯のように今までの記憶が頭の中を駆け抜けていった。そのほとんどが思い出すだけでも発狂しそうになるくらいの辛い記憶。楽しいことなんてほとんどなかった。  私は足掻き、もがき苦しみながら作品を書き続けてきた。結果は何一つ出ず、作品を書き終えた後には空しさしか残らなかった。  それでも夢に向かって走り続けていた時期があった。自分はきっと夢を叶えることが出来る、と。  しかし、そう信じて走り続けてきたが、いつの間にか自分は周回遅れのトップランナーになっていた。自分より年若い新人作家が星の数ほど現れては、瞬く間に自分の横を駆け抜けていく。何度も彼等の背中を見送り続けていくうちに、自分は二周も三周も遅れをとってしまった。そして、気付けば走るのを止めてしまっていた。  すまない。再び謝罪の言葉が出てしまった。気怠い思いを味わいながら、私は手紙を読み続けた。 『お金に困っていませんか? だとしたら、瓶に入っているお金を使ってください』  瓶には一円玉と十円玉ばかり。たまに銀色の硬貨が見える程度。しかし、瓶の底の方に大きな硬貨があることに気付く。それは五百円玉だった。しかも三枚も入っていた。これだけあれば、大好きな漫画本を三冊は買えただろうに。不思議と笑みがこぼれた。  そして、手紙の最後に書かれた一文を読んで私は思わず目を疑ってしまった。 『万が一、夢を叶えることが出来なかったとしても自分を嫌いにならないでください。諦めさえしなければチャレンジャーなんです。僕も頑張りますので、未来の僕も頑張ってください』  まさか、過去の自分にここまで応援され、励まされ、慰められるとは思いもしなかった。心が打ち震えた。  よし、やるか。  そう云って、私はノートパソコンの電源を入れた。  ありがとうな。自然とついて出た感謝の言葉。  筆をとるのも十年ぶりのこと。厄年過ぎたおっさんに、どんなものが書けるのか自分にも分からない。でも、読者がいなくたって構わない。書きたいから書く。読者は自分一人だけでもよいのだ。  まずは歩き出そう。今はそれだけでいい。ゴールはまだ見えそうにない。だって私は周回遅れのトップランナーなのだから。
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