月面人と私

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月面人と私

 ここは宇宙の大海原。地球連邦政府と月面政府が、地上の引力の所有権の問題に端を発して衝突し、戦争をしていた。   そこに二人の兵士が戦う姿があった。二人は戦闘用の装甲スーツに身を包み、ロケットエンジンを搭載したブースターを機敏に操縦しながら縦横無尽に、飛行を繰り返していた。  共に互角である。電子銃がけたたましく光の筋を貫きながらお互いの付近を掠め合う。  長く膠着状態にあった戦局に変化が訪れる。  電子銃のエネルギーを使い尽くした敵兵が、電子銃を投げ捨てて白兵戦モードに切り替えて全力で突進して来たところを、僕は肩に装填された16連想のミサイルランチャーを至近距離で噴出させる。  勝負あった。  敵はミサイルそのものは俊敏に回避していたが、電波を回避する術は持たなかったようだ。ミサイルランチャーが放つ最新鋭の指向性の攻撃的な電磁波が、敵の装甲スーツの電子回路に重大な被害を与え、動きを完全に沈黙させる事に成功した。多分、装甲スーツの中の人の体も、ある程度、損傷しているはずだ。  僕は、ようやく仕留めて後は殺すだけとなった、にっくき敵兵の顔を一眼拝んでやろうと、強制的に通信回路を有線で接続した。  通信が確立した画面越しに、相手の素顔を見ると、なんと若い女性だった。そしてとびっきりの美人。宇宙一といってもおかしく無い。  「死ぬ気で生きていたから。ゲホッ。ゲホッ。」  彼女は断末魔であるはずの状況にありながら、気丈に僕に対して会話を求めた。  傷だらけの体で彼女はうめくように僕を見つめ、そして僕の腕を握りしめた。彼女は未だ生きたがっている。  彼女の機体の水素エンジンの補給ノズルに、僕の機体の補助電源から、電源を供給する為のノズルを接続する。  「なんで助けるの?」  彼女は怪訝に僕を疑った。  「なんか少し・・気になった。」  「馬鹿じゃないの?ここは戦場よ?出会ってる場合じゃ無いったら。私なんか助けたら、電子回路にエネルギー回った瞬間にあなたを壊すんだから。」  「それでもいい。助けたくなった。」  「私なんか助けなくていいのに。」  ボロボロの機体となった彼女の体に、僕の装甲スーツからの電源供給が行われ、次第に彼女のこわばった表情は穏やかな表情へと変わった。まずは生命維持装置が回復し、二酸化炭素のリサイクルが開始されたのだろう。これで息苦しくない。  「助けなくっていいったら・・・。」  身動きできない彼女が、悔しそうな表情を浮かべる。つい数分前まで僕と彼女は、電子銃を片手に撃ち合っていた。僕は普通に殺されてもおかしくなかった。  僕等を取り巻く両国間の戦況は既に決着していた。地球連邦政府が、月面政府の無力化に成功し、100万人を超える月面都市に住む人間達を司る政府機関に対して、降伏と服従を求める状況だった。  「弱い者イジメしてどうなる。」  「どうにでもなるわ。人間なんて所詮、弱い者いじめしあって、生きているだけじゃない!あなただってそうよ!!」  「俺はそうじゃない。」  「あなただって、私たち月面に生きる人間達を下等と見下して滅ぼしたいに決まっているわ!」  彼女の装甲スーツは、補助電源からメインの水素エンジンに動力源が切り替わった。  つまり僕の動力が無くても普通に動けるようになった。  それは僕は次の瞬間彼女に壊されてもおかしくない、事を意味する。  自動修復装置が機能を始め、みるみるうちに、損傷していた彼女の体は元通りの姿に修復される。ただでさえ美人なのに、いっそう美人さが増したように見えた。  彼女は咄嗟に、自由に動くようになった様々な殺戮兵器を持って、僕の体を壊しにかかる。しかし、それは未遂に終わる。  「ありがとう。」  彼女は一言だけ、そう告げた。  彼女はそのままその場を飛び去る。月面の戦禍の最も酷い地域へ突入して行く姿が見える。  その地域に何か大切な守るべき”もの”があるのだろう。僕もそうだ。僕も僕が守るべき”もの”の為に戦っている。  その後、一時は降伏寸前だった月面政府の首脳部の連中が、敢然と地球連邦政府との交渉の場に姿を現す。  長期化寸前だったこの戦争に終止符が打たれ、再びお互いの星同士に、不可侵の条約が結ばれた。  書簡が地球連邦政府に送られ、戦争をやめるきっかけを作ったとされる相手は、僕だと大々的に示される。  どうやら電源を供給した相手は月面政府の王女だったらしい。何故王女が戦場にいたのかはわからないが。  電源回路を接続した瞬間に、個人識別番号を含めた、様々な情報が抜き取られていた事に、僕が気がついていなかったようだ。  『あの男ともう一度会いたい』  彼女はテレビの前の記者会見の場でそう言い切り、僕の自身に割り当てられた16桁のIDナンバーを声高らかに、何度も読み上げると、連絡を待つとした。  もし連絡がなければこの停戦和平合意はなかったものとする、とまで告げていた。  僕は迷わず、名乗り出る。  僕は世間から脚光を浴びて、一躍有名人になった。  僕は月面人と結婚して、そして戦争は本格的に終結へと向かった。  (おわり)
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