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雨に降られて(2) 〜作:りり
「どうしたの?」れいくんが傘を開いて私を振り返る。
「2人とも傘をさすと距離が開いちゃうじゃない?」
れいくんは、くすりと笑って傘を少し高くもち上げ、中に入るように促す。
「えー、それじゃあ、また2人とも半分ずつ濡れちゃうじゃない」
「大丈夫上手くさすよ」
「だめ!私が濡れてないと、れいくんが濡れてるんじゃないかって心配になるから」
彼は少しおいて、おもむろに傘を閉じた。
「じゃあさ、濡れて歩こうか」
そうきたか!私は嬉しくなって差し出された彼の手をぎゅっと握りしめた。
駅ビルからバスターミナルまで手をつないだまま走り出す。雨の中、お互い反対の手に傘をぶらさげたまま。
***
れいくんが帰ってきていると知った。何年ぶりだろう。あんな別れ方をしてから、あまりにも月日が経ち過ぎた。
待ち合せた喫茶店にすでに彼はいて、手を挙げてここだと合図した。昔と変わらない仕草に思わず笑ってしまった。
それから私たちは会わなかった日々を埋めるかのように、お互いのことを夢中で話した。
そして、言葉がなくなる頃、私たちは自然に手をつないで店を出た。
彼の口が肌に触れるたびに、私は涙をこらえるのでいっぱいだった。きっと気づいていないだろう。
れいくんは、そんな人だ。私を抱く腕の中が心地良くて、愛しくて油断すると涙があふれそうだ。
「帰るの?」
身支度する私に、れいくんは言う。
「うん、そろそろ帰って、ご飯の準備しないと」
「そっか」
別に何か期待していたわけじゃないけれど、あっけない返答がさびしい。
「じゃあ、俺もいくわ」
無言のままエレベーターにのる。目が合うと彼は小さくキスをした。私が微笑むと、彼も微笑み返した。
あなたは、あの頃と何も変わらないね。
「あ」
「雨だね」
2人の声が重なった。夕方から降り出す予報だったっけ。れいくんは荷物をごそごそとさせている。傘を出すのだろう。
「ね、かさ、入れてくれないかな」
「持ってきてないの?」
「あるんだけど、濡らすと電車に乗るとき面倒で」
とっさに出た言葉に我ながら驚いた。
「別にいいけど」
私は彼の左側に入り込んで歩き出した。歩きながら、夕食の献立、材料を考えている。
おいしそうに食べる娘と主人のことを考えている。帰ったらすぐにお風呂に入れてもらわないと、、、!
愛する家族。かけがえのない家族。
ああ、どこでかけちがってしまったのだろう。彼の隣にいる私は、もうあの頃の私じゃない。
右側に感じる体温と、冷たい雨のにおい。
こんなに近くにいるのに私たちは別々の道を歩いているんだね。
もうすぐバスターミナルに着く。濡れて歩いたあの日の2人がなつかしい。
さようなら れいくん。 さようなら あの日の私。
私がちっとも濡れていないから、れいくんの右側はきっともうずぶ濡れだね。
雨のしずくは、地面にすいこまれ、また新しい雨が空から降り注いでいる。
雨は静かに降り続けている。
※本作について、詳細は作品表紙のあらすじ欄をご覧ください。
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