冷たいあの人

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 東京から電車でたった二時間の距離にいたのに、僕らが実際に顔を合わせたことは一度もなかった。  彼女とはネットで知り合い、ネット上で告白し、ネット上で付き合っていた。  顔は写真で見ただけだ。自信がないと言っていたけど、笑顔が素敵な美人だった。  高校生の彼女は、謙虚で、優しくて、ただの大学生だった僕のことを心から尊敬してくれていた。どんな話をしても肯定的に聞いてくれる彼女は、たとえ僕が世界中から嫌われていようとも味方でいてくれるんじゃないかと、僕にそう思わせてくれた。年上だった僕の方が、いつしか彼女に甘えるようになっていた。  こんなに優しい人は彼女以外いなかった。  これまでも、そしてこれからも。  僕には彼女しかいないと思うほどのめり込んで、毎日のチャットでも足りなくて、暇さえあれば彼女のことを思い出していた。  飲み会で知り合った同じ大学の女子から親しげに話しかけられることはあったけど、リアルでは口下手で、いつもうまく調子を合わせられなかった。気疲れして帰ってくると彼女からのメールを見ていつも癒された。 「そんな付き合いは男女交際とは呼べないな」  リアルで会ったことがないんだろう? と友達の多田貴之が言った。 「顔も名前も偽物かもしれないじゃないか」 「そんなこと、僕だって分かってるよ」  生まれた時からネットが当たり前にあった時代に生きている僕らは、その危険性だって体に流れる血の如く当たり前に感じている。  ネットに潜んでいる人はほとんどが素性を隠しているものだ。  でもリアルに会える人だって、正面きって嘘をつくことがある。  父は知り合いに騙されて少額だけど借金を背負ったことがあった。自分が生き抜くためなら、誰かを犠牲にするのを厭わない人がいるこの世界で、もしも嘘をつかれるのなら相手は優しい嘘つきがいい。   彼女のような、優しい嘘つきがいい。
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