4.同級生

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4.同級生

その日は休みだった。 ラソンブレから徒歩15分のアパートを借りている。目が覚めたらもう昼だった。 この町で働き始めてから、初めての休み。 本来なら今日、母親から言われていた見合いをぶち込まれるところだったが、どうにか頼み込んで外してもらった。 だからといって、何か予定があるわけでもない。 とにかく休みたかった。ひとりでのんびり、時間を使いたかっただけ。 テレビを見ながら、情報番組をだらだら見る。そんな一日でいい。 重い身体を何とか動かしてシャワーを浴びて出てきたところで、携帯がメールを受信した。 「仲村・・・?」 今度こそ同級生の名前が画面に表示されていた。 仲村(なかむら)(はやて)。 あまり友達の多くなかった俺の、唯一の親友。故郷に帰ってきてから連絡が来たのは初めてだ。 画面を開くと、帰ってきてるなら会いたいという内容だった。 (ひさしぶり。今日なら会えるけど) (マジで?じゃあ飯食おうよ) 仲村が指定してきたのは、高校の頃、学校帰りによく前を通った居酒屋。 それもラソンブレの目と鼻の先。 結局6時過ぎにその居酒屋で会うことにして、俺はその一時間前に家を出て、アパートの回りを散歩することにした。 ラソンブレの近くに流れる川。それは海に続いていて、川沿いを20分も歩けば港にたどり着く。 誰ともすれ違わずのんびり歩いた。川に停泊する船にはカモメが留まっている。 夏は涼しく、冬は流氷が流れ着くこの町の空気はいつでも磯の香りがする。都会に出て、それが普通ではないことを知った時、少し寂しくなったものだ。 が、10年もたてば便利な方が住みやすい、と脳内は書き換えられてしまった。 昔は買い物と言えば商店街しかなかったこの町に、今はコンビニが何軒も建った。 大手衣料品店も、市街地を少し離れれば規模の大きなスーパーもある。 そもそも日本中、必要なものはネットで揃う。 都会に住んでいなくたって、仕事があって、地域の人々と触れ合って、古い友人がいて・・・今の俺に何も困ったことはない。 若い頃は都会に出て、一旗揚げてやると思っていた。 その言葉通りに生きてきたと思う。そこそこの成果は上げられたと、正直思っている。 リストラ、という言葉など無縁だと思い込んでいた自分。 一年前の俺に、今のこの状況が想像出来るはずもなかった。 港に着いてからUターンして、ゆったりと居酒屋へ向かった。 都会なら電車で移動する距離を、海の音を聴きながら歩くのは気持ちが良かった。 ラソンブレの近くを通りかかった時に、厨房で働く料理人に出くわした。 軽く挨拶を交わして別れ、腕時計を見るとあと10分で約束の時間だった。 「葉山(はやま)!」 居酒屋に入ると、奥の座敷から手を振る男がいた。 仲村はスーツ姿で、高校時代より一回り恰幅が良くなっていた。 人当たりのいい笑顔はそのまま、俺を手招きする。 「久しぶり・・・、あれ、なんか・・・?」 「プラス10キロ!貫禄出ただろ?葉山は・・・変わんねえなぁ」 当時と変わらない軽口が有り難かった。この仲村という男はとにかくおおらかで懐が広い。 揉めた記憶もなく、仲村との記憶は笑ってばかりだ。 「にしても葉山、何ですぐ連絡寄越さないんだよ」 「ああ・・・ごめん。落ち着いたらって思ってた」 「葉山のことだから、俺に家族がいるからとか、気を遣ってたんだろ?そういうのいいからな」 仲村には3人の子供がいる。妻はやはり顔見知りで、同じ小学校だった子と大人になってから再会して、その後結婚したらしい。 「とりあえず乾杯しようぜ」 「おう」 仲村の勢いに飲まれてグラスを合わせる。なみなみに注がれたビールの半分以上を一気に喉に流し込んだ仲村は、早速唐揚げを箸でつまみ上げる。 衣がサクサク音を立てて、本当にうまそうだ。 最初の15分は、出される料理を二人で黙々とほおばるだけで過ぎていった。 「葉山、ラソンさん、継ぐのか?」 ひと息ついた頃、不意に仲村が言った。 驚いてだし巻き玉子が喉で詰まりかけた。ビールで流し込んで、俺は答えた。 「いきなりだな。まだわかんないよ」 「そのために帰ってきたんじゃないのか?」 「いや・・・ただのリストラだから」 「やっとお前が継ぐ気になったって、親父さんいろんなとこで言い回ってんぞ」 「・・・マジか」 だから見合いか。 所帯を持ってこそ一人前、という考えの父親は、30まで独り身の長男は出来損ないだと思っているに違いない。 結婚させて跡を継がせる気だったか。道理で、あの頑固親父がリストラ息子をスムーズに迎え入れたはずだ。 「そのつもりないの?」 「・・・まだそれどころじゃないよ」 「そうか。まあ、うん、お前の気持ちも、親父さんの気持ちもわからんではないな・・・・・・あ、じゃあ」 「じゃあなに?」 「あれはやっぱデマ?」 「だからなにが」 「五十嵐(いがらし)梨子(りこ)と結婚するって」 「はっ?!」 俺は思わずテーブルに身を乗り出した。 冗談じゃない。なんで、寄りによって最も思い出したくない相手と見合いをしなきゃならないんだ。 母親は相手のことは「同い年で、初婚、気立てのいい方」としか言わなかった。俺が見合い話を真面目に聞いていなかった、というのもあるのだが。 「見合いは・・・確かに勧められてるけど、相手のことまでは聞いてなかった」 「そうだったんだ?・・・でも五十嵐は・・・ないよな」 「ない。マジでない」 仲村は大きく何度もうなづき、最後の一個の唐揚げを大きく口を開けてぱくりと食べた。俺も刺身を口に放り込んで、二人でしばらく黙って咀嚼した。 これ以上、話さなくていいように。 五十嵐梨子は、高校で俺が暗くなった、面白くなくなった、と言われるようになった理由を作った同級生。 久しぶりに気分が重くなった。
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