7.結婚

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7.結婚

いつの間にか合コンと化した飲み会で、俺に色目を使っていたフロント勤務の女性は、気づけば仁科(にしな)先輩の会社の若い男性と打ち解け、二次会が終わる頃にはちゃっかり腰を抱かれていた。 俺にとっては大変好都合だった。 事務員の女性は仁科先輩の連絡先を知りたがっていたが、どうやらうまくいかなかったらしい。 そりゃそうだ、既婚者だぞ。 「葉山(はやま)、もう帰る?」 「え?」 「もう一杯つき合わねえ?」 「・・・行きます」 我ながらチョロいと思う。でも、仁科先輩も嬉しそうにしてくれている。 他のメンバーと別れて、俺と仁科先輩は近くのバーに入った。 「ありがとな」 「・・・何がですか」 「さっき、連絡先聞かれて困ったとき、助けてくれたろ」 「そうでしたっけ」 「・・・葉山らしいな」 仁科先輩は笑った。 その顔を見て、さっきまでの女性たちに対する表情が、作り笑顔だったとわかる。 連絡先を交換したがる女性に困り果てていた先輩に、俺はそっと電話をかけた。そして、ごめん、と先輩が外に出るのを見計らって切ったのだ。 「お前のこと狙ってた子もいたよな」 「ああ・・・でも、先輩のとこの若い子とよろしくやってましたよ」 「お前もたいがい冷めてるよな」 「そんなことないですよ」 「・・・本当は優しいのにな」 「・・・・・・」 仁科先輩は、グラスの氷をカラン、と鳴らした。 もうずいぶん飲んでいる、先輩も、俺も。これ以上酔うと、余計なことを口走りそうで怖い。 その時、仁科先輩が半分しか開いてない瞳でこっちを見つめて言った。 「見合いすんだって?」 なんで。 誰から聞いた、そんな身内の話。いくら田舎だからって、話が回るのが早すぎやしないか。 「・・・誰に聞きました?」 「あー・・・あのな、(ゆみ)がさ、梨子(りこ)と仲いいんだわ」 最悪だ。 よりによって本人。確かに同学年だし、言われてみれば連んでたような、そうでもなかったような・・・ 「・・・まだしてません。つか、したくないんですよ」 「でも、しなきゃならないんだろ」 「なんとかして阻止するつもりですけど」 「・・・そうか」 「・・・先輩・・・あの」 先輩は多分知っている。 高校時代の俺と、五十嵐梨子の間にあった出来事を。知らない振りをしてくれているだけだと思う。 「さっきの・・・落書きのこと、なんすけど」 「うん?」 言えるか? 言える訳ない。 先輩は結婚してる。たとえ子供を授かれないとしても、奥さんが不穏な動きをしてるとしても、俺の気持ちに応えてくれるなんてことは、ない。 「・・・なんでもないです」 「・・・葉山さあ」 「はい」 「俺が言えた義理じゃねえけど」 仁科先輩の視線が強くて、俺は少し緊張した。 「結婚って、いいこともあるけど、それだけじゃねえからさ」 「はい」 「よく考えたほうがいいと思う、俺は。確かに梨子は弓の友達だけど・・・それとこれとは別だからさ」 「・・・ありがとうございます」 「いや、礼言うとこじゃねえよ?」 「そっすね」 ふたりで笑った。笑えてよかったと思う。もし先輩が笑ってくれなかったら、切なくて苦しくてやってられなかった。 勢いをつけて俺はもう一杯ハイボールを頼んだ。 (見合いしたくないんだけど) (今更何言ってんの。先方も乗り気なのよ) (先方って五十嵐梨子だろ。・・・同級生とかマジで勘弁してくれ) (あら、聞いたの?いいじゃない、よく知った間柄なら話も早いし) (だからやだって言ってんだろ) (也仁。あんたもそろそろ現実見なさい。あのお父さんが、リストラされたあんたをすんなり受け入れた理由、そろそろわかるでしょう) (だからって今すぐ結婚しなきゃならない理由にはならないだろ) (あんた今年で30でしょうが。この片田舎で今これを逃したら、もう結婚できないわよ) (・・・・・・ホテルを継げっていうなら継ぐ。だけど、結婚は俺の意志で決めさせてくれ) 俺は母親と口論した時のことを思い出しながら、ハイボールを煽った。
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