八木純平

1/11
82人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ

八木純平

希尋(きひろ)が食べこぼしているケチャップライスの塊を、手を伸ばし拾う。 自分の口に運ぶ俺を、顔を上げて見てくる希尋。そのほっぺたにもケチャップがついている。 俺が少し笑うと、希尋のほうは「世界で一番幸せです」みたいな顔でにっこりした。 花が綻ぶようなその表情に、俺は、世界で一番のふしあわせを垣間見る。 希尋と俺は戸籍上、兄弟だ。 希尋の両親は彼がまだ幼稚園の頃に事故死し、希尋にとっては母方の伯父一家にあたる俺の家に引き取られた。 それ以前からこの二歳下の従弟にはたびたび会っていた。住んでいる地域が近かったから、盆と正月以外にも行き来があったのだ。 両親は俺と希尋に分け隔てなく接していたと思う。褒めるのも叱るのも平等だった。俺と同じく本当の息子として育てているように、少なくとも俺には思えた。 うちに来たばかりの頃はあまり笑顔を見せなかった希尋だが(親を亡くしたばかりなのだから当然だ)、時間が経つにつれて、人並みに表情のある子供になった。 希尋は両親をお父さん、お母さんと呼んだし、俺とは喧嘩もよくしたけれど、どちらかといえば仲の良い兄弟だった。 もちろん実親との離別は希尋にとって最大の悲しみだったはずだ。しかし希尋の育った環境そのものに何かが大きく欠けていたとは、俺は思わない。 だが、やはり、希尋にしかわからない孤独というものはあったのだろう。希尋の音楽的な才能が発露して初めて、俺はそれを思い知ることとなった。 凝った料理なんてできないが、希尋が来てからレパートリーは増えた。 一番喜ぶのはオムライス。大きく口をあけてスプーンで頬張るさまが、雛鳥みたいだといつも思った。 俺は残業を減らし、そのぶん収入が多少減っても、希尋と過ごす時間を優先した。 希尋のためなら何でもしようと決めたあの日から、自分のことなんてどうでもよくなった。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!