燃えたくて燃えたんじゃない

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燃えたくて燃えたんじゃない

【焦げる】──火や熱で焼けて、黒や濃い茶色になる。物の表面がさらに黒くなる。 「自分の残酷さから目を背けながら、よくも他人を見下したな」 最愛の人に放った言葉は、自分でも可笑しい程嘲りの色を含んでいた声だった。 「はあ?」 「また気が付かないふりをして、影で誰かに慰めてもらいながら、僕ともうまく生きていくんだろ。君は」 「なに。いや、心当たりはあるけど、私ばっか悪い訳?あんたも共犯だろ、ていうか、……白黒付けない方がいい事だって」 「そうして、無かったことにしたね」 僕の髪が、放課後の校庭の片隅で揺れる。大好きな彼女は、自身の短い茶髪の前髪が崩れるのが嫌そうに、そして気まずさから目を逸らすように手で額を押さえていた。 「僕の気持ちをなかったことにした」 彼女は、僕の言葉を聞いてはいるが視線を地面に落としたままだった。僕も悪いのだ。彼女がいちばん好き。今も。そしていちばん憎い。ずっと前から。 「……壊れるのが嫌だった。ナミだってそんな、そんなずっと苦しんでたような顔するなら離れればよかったじゃん。私はナミと一緒に居たいけど、無理されるのはいやだよ」 「…………そういうところが憎たらしいんだ。それに僕も愚かだし、君に面倒臭いって、嫌われる覚悟で言ってる。この覚悟は、ツバちゃんには関係無いけど」 「じゃあ何?私を傷付けたいだけ?また学校で、同じクラスで、普通に過ごすっていう明日は、もう来なくなっちゃったじゃん!」 怒った顔も、胸がぎゅうぎゅうに痛む言葉のそれぞれも、痛くても痛くてもどうしても好きで、自分が嫌になる。嫌になったから、死ぬほど嫌われていっそ関わりたくても関われなくなるような死にたくなるくらいつらい明日が来て欲しくて、僕はツバちゃんを呼び出したのだ。 告白したのは2ヶ月前。僕の一人称は「僕」。女の僕っ子は二次元だけだろ、とか。痛い、とか。色々知ってはいるけれど、僕は僕で居たい。そんな面倒くさい僕と小学校の時から幼馴染みで、なぜかずっと仲良くしてくれているツバちゃん──、翼ちゃんを、僕はだんだん時計の長針が進んでいくような速度で、恋愛的に好きになっていた。 抱きしめてキスをしたい。その茶髪を撫でて、僕だけのツバちゃんになってほしい。 「みんなにも冗談で付き合ってんのー?とか言われてさ、こんな、誰か見てたら気不味いよ」 ツバちゃんは正直僕とは正反対のタイプ。明るくてクラスの中心。僕は隅っこで埃と一緒に本を読んでいる。それでもツバちゃんは、引っ込み思案な僕も、クラスの皆の疑問も特に気にせず小学生の時一緒にずっと遊んでいた時と同じように話しかけてくれて、そして笑ってくれる。でも性格がすごく良いとか、絶世の美女とか、そんなんじゃない。悪いけど。 悪口だって言うしいい加減なところもある。歯並びは悪いけど笑ったところが可愛い。やっぱり、ぜんぶ好きなのだ。 「もう、僕に話しかけなくていいから。仲悪くなったとか、やっぱそういう関係で、とか変な噂も気にしてなければ消えるから。つらいんだよ。友達のままなんて」 泣きそうな顔だ。唇を噛み締めて、きっと言葉を考えている。 胸が苦しい。僕が好きにならなければ、告白なんてしなければ、仲良しの友達のまま日常を送っていけた。ずっと親友で大人になっても連絡を取っている、そんな未来も僕が壊した。好きにならなければよかったんだ。でも好きになってしまった。気持ちがあふれて、こぼれて、そしてぜんぶが壊れ始めて、引火した。 恋なんて気色悪いもの、この世からなくなればいい。 誰でもいいから感情を僕からすべて奪ってくれ。 「……ごめんね」 「ツバちゃんは、謝らなくていい」 「ごめん、私が友達でいてほしいなんて言ったからずっと苦しめてた。少し思ってたけど、でも大丈夫になったのかなって都合よく思ってたの。だから、でも、私ナミとこれから絶交みたいに……」 言葉が止まった。同じ事を繰り返すと思ったのだろう。中途半端に優しいな。心から憎い。でも好きだ。 強く風が吹き、校庭の砂が舞い上がって細かい塵がどうやら沢山飛んできた。スカートから出ているふくらはぎに、ちくちくと当たって痛い。 「好きだよ。だから僕を振って。そして絶交だ。僕は折り合いをつけられない。ツバちゃんは僕のこと思い出にして数年経ったら忘れるかもしれないけど、僕は骨になっても忘れないから」 「どうしてそんなこと言うの」 「好きだからだよ」 「駄目なら駄目でいい。友達じゃ駄目なの」 「うん、もう駄目。毎日苦しい、殺して死のうかと思う日もある。だから終わらせた方がいい」 過激な言葉に恐怖したのか、彼女はまた言葉を詰まらせた。こんなのは一時の気の迷いで、時間が解決してくれる事なのかもしれない。月並みな言葉や方法が、僕たちの崩壊を食い止めてくれるかもしれない。でも今の僕には、気の迷いに惑わされて可笑しくなりそうで、どうにもならない。同じ学校の同じクラス、閉鎖的な空間で、生きていく為に、僕は選んだ。 「ごめんなさい」 泣いていた。聞こえないところだった。消え入りそうな告白の返事は、最終下校時間を知らせる校内放送と少し重なって、帰ろうか、と僕は彼女に背を向けて歩き出した。
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