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プロローグ
この道の角を曲がった先に、その店は扉を開けている。
暗がりの中にふわりと浮かび上がるように佇む平屋建ての小さな一角。
初めて訪れた夜、傍に立つ大きな桜の枝からは無数の花が咲き誇っていた。
風に誘われて舞い散る花びらの一つ一つ。
それは時に右へ、そして左へ、落ちると思いきや弾かれたようにまた上空へ登ったりして。
店先にかかる暖簾の向こうには、ぼんやりとだけ見える人影がある。
眩しい人工的な明かりではなく、ロウソクを用いた伝統的な床しい燈火。
彼はその静かな光の中で、夜にだけ訪れる俺の姿を見つけると顔を上げて目を細めるのだ。
俺がこの店を訪れる最上位の理由。
「いらっしゃい、朔夜くん」
名前を呼んでくれるその声を今夜も求めて。
彼と過ごすこの夜明けまでの時間が、俺にはとても愛おしかった。
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