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「いらっしゃい、朔夜くん」
膝をついて蹲っている場所に降る、聞き慣れた若い男性の声。
舞い散る桜の花の中で、その輪郭をはっきりと認識することができる。
『朔夜くん』と呼ぶ声を、俺はここで幾度も聞いた。
しかし、どうしてだろうか。その声が今日はひどく耳に残る。
「待っていたよ。君がここへ来てくれるのを」
「待っていた?」
「今日はやっと君の『探し物』を渡すことができるんだ。何度も訪ねてくれていたのに、待たせてしまって申し訳なかったね」
「待つって、何を言って――」
体を屈めた彼の手が俺の目の前に静かに差し出された。
白い、まるで血の通っていないような色の無い手。
ここを訪ねてくる度に、この人の肌の色なんて特に意識して見てはいなかった。
けれど、改めて目にしてゾクリとした。
まるで生きている気配が何も感じられない。
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