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「苦しそうだね」
「えっ」
「でも、何もおかしいことではないよ。ここへ探し物を受け取りに来る人は、皆そうして店の前で膝をつく」
「“皆”って」
「魂が旅立つ為には、誰しも自らの死を自覚しなければいけない。けれど、中には突然の出来事によって何も認識できないまま現世を離れざるを得なくなる者も居る。僕はこの店で『探し物』を扱うことにより、魂を導く役目を担っている。……君が僕に出会ったのはね、朔夜くん。君が死の記憶を、僕から受け取る為なんだよ」
充希さんの手が、俺の手に触れた瞬間だった。
頭の中に蘇る死の間際の記憶。
田舎から上京してきてまもなく一年。
その日は、桜の蕾がほころび始めて一週間が経とうとした頃。
月の無い、新月の夜だった。
手提げ袋を右手に持った俺は、アパートへ続く道を一人で歩いていた。
袋の中に入っているのは、下ろしたばかりのバイト代で買った雑貨店に並んでいたオルゴール。
彼女へ渡すもの、では残念ながら違う。
これを購入した目的は、女手一つで育ててくれた母親へ贈る為。
まもなくその日を迎えようとする、今の俺にできる精いっぱいの誕生日祝いだった。
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