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暗い夜道を歩く時は前後左右に気を配るように。
なるべく人の往来のある道を選ぶように。
自分は何があっても大丈夫と云う過信は、決して持たないように。
上京する俺を見送る際に、母親に言われた言葉だった。
心配そうに眉を寄せる表情に俺は笑顔を返し、「分かっているよ」と答えたのだ。
母親と交わした約束を違えるつもりなど到底なかった。
裏切る気持ちも、反発する考えも、あの日を含めてこれまでもこれからも、そう思ったことは一度として一切なかったんだ。
自分が通り魔事件に巻き込まれ、その『命』を失くす夜を迎えることも。
「――……」
「朔夜くん」
差し出された手提げ袋の側面には、赤い絨毯に似た不規則な染みがべったりと広がっていた。
中に入っていたのは贈り主のいないオルゴール。
間違いなくそれは、俺が直前まで右手に持っていて、血溜まりの中で手放してしまった母親への誕生日プレゼントだった。
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