咲くら朔夜<①>

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咲くら朔夜<①>

バイト帰りの俺は、いつも通る道から外れて知らない場所を歩いていた。 大学入学と共に引っ越してきた新しい土地。 この辺りは碁盤の目になっているから、万が一迷ったとしても方角さえ合っていれば迷うことはないと思う。 物件を紹介された際に不動産屋から言われていた言葉を思い出しているが、そう云えば学業とバイトに追われて付近の散策をほとんどしていなかった。 この道はまだ通ったことがなく初めて見る景色ばかり。 都会である筈だけれど、この辺りだけは喧騒とは程遠い静かで趣のある佇まいばかりだ。 高い塀で家の中がよく見えない。 軒先に美しく手入れされた庭木があったり、木で造られた門扉で入口が閉じられている。 (家の近所にこんな一角があったなんて……) じろじろ見て歩くのは、あまり良いことではない。 分かっていながらも目は景色を追ってしまう。 そうしてしばらく歩いて道の角を曲がった時、視界の先に見えたその一軒の店に俺は瞳を惹かれてその場でふと立ち止まった。
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