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「――君、名前は?」
「へっ!?」
しばらくの間の後にまた突然声を掛けられ、俺は先程と同じようにまた肩を跳ねさせて声が上擦った。
いちいち驚くのは、店主の声が何も無いところからいきなり生まれるように聞こえるからだ。
そのに居る筈なのに気配が無い。
明かりが頼りないとは云え真っ暗ではないのに、店主は俺の意識からも視界からもその都度消えて、そしてまたその都度現れる。
「さ、朔夜、……です」
「朔夜?」
「新月を意味する朔に、夜と書きます。歳は十九、です」
「苗字は?」
「え?」
「君の苗字だよ」
「苗字は――」
あれ?
苗字を口にしようとした時、声を出そうとした喉がまるで時間が止まったようにぴたりと動かなくなった。
苗字。俺の苗字。
「あ、あの」
俺の苗字は。朔夜の前に付く、俺の苗字は。
「……す、すみません、……あの」
どうしたんだ、いったい。
「苗字はその、……分から、なくて」
「苗字が分からない?」
額から汗が滲み出て、掌がぐっしょりと濡れていくのを感じた。
自分でも何を言っているのかと思った。
苗字が分からないなんて、俺はいったい。
言いたくないのか? そんなまさか。苗字だぞ、ただの。別に隠すものではない。
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