春風

春風

　春は別れの季節って、誰かが無責任に言うたびに、何度だって思い出す。

　君のその透き通るような唇から、ありがとうが苦しそうに、何度も何度も紡がれる。地獄みたいな快楽が身体中を駆け巡り、もう二度と会えないのって、子供みたいに僕は尋ねた。

　黒縄地獄を知ってるかい？　君は何気なく言って、星の浮くような黒い毛髪を波打たせていた。

　彼女の瞳は黒曜石だ。
　君の瞳はビー玉だ。
　視線を交わして言い合って、誰ともなしに笑い合う。

　黒縄地獄は愛の罰、深すぎる恋は比類無き大罪で、求めて求めて求め会うほど僕らは遠く引き剥がされる。

　春は別れの季節。
　遠く離れる君の背中に「ありがとう、ありがとう」と繰り返した。

　三月下旬のよく晴れた日、春風が君を連れてった。