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「あ」
「どうした?」
「昴さん」
「え? ……ああ、なるほどな」
空を見上げながら、わたしが指差した先にあるもの——プレアデス星団。
おうし座の散開星団であるその和名は〝昴〟。肉眼では数個しか確認することはできないが、青白い光を放ちながら、美しく輝いている。
わたしと昴さんは、ホテルから出たその足で、少しだけ遠回りをして帰ることにした。
町の中心から離れたところにある、小高い丘の上。周囲に遮るものが何もないここは、生前、父がよく天体観測に連れてきてくれた場所だ。
「もう冬だね」
言葉を発するたびに、吐く息が白く広がる。
出会ったころに広がっていた夏の夜空は、いつの間にか冬のそれへと変わっていた。
「そうだな。……寒くないか?」
「うん、平気」
彼の心遣いにひとつ頷くと、それまで繋いでいた手を放し、わたしは数歩前に足を進めた。
ひんやりとした風がつんと鼻に沁みたが、不思議とそれほど気にはならなかった。おそらく、母の本心を知れたことで、何年ものあいだ雁字搦めになっていた過去の枷を、ようやく打ち砕くことができたからだろう。
「綺麗だなー」
「やっぱり空気の澄んだ星空は違うな」
父とこの空を仰いだ当時に想いを馳せながら、同じように手を伸ばす。……届きそうで届かない。だけど、そのときに比べると、ほんの少しだけ近くに感じられたような気がする。
離れて暮らすことを選択したが、母との関係を改善できたことに、父もきっと喜んでくれているはずだ。
「……ありがとう、昴さん。昴さんのおかげで、わたし、ちゃんと話できた」
彼がいてくれなければ、母と話をするどころか、会ってすらいなかっただろう。
振り返り、ありったけの感謝の気持ちを、彼に伝える。
「俺は何もしてないよ。……お母さんは、やっぱり星のお母さんだったってことだ」
わたしのもとまで歩いてきた彼。頭上で瞬く自身と同じ名前の星さながら眩いばかりに笑うと、出会ったあのときと同じように、わたしの頭をクシャッと撫でてくれた。
変わらない手の温もり。それがとても心地好くて、安心した。
過ぎ去った時間を取り戻すことはできないけれど、この日、わたしと母は確かに〝母娘〟だった。
「遅くなっちゃうといけないし、もう帰ろっか」
「だな。雪も星のこと待ってるだろうし」
「……あ、そうそう。雪といえば」
「?」
「最近あの子、自己主張が強くなってきてね。たまに叱ったりするんだけど、すっごいジト目で見てくるの。それ見た伯父さんに『飼い主とペットっていうより、むしろ姉妹だな』って言われてね」
「……ふっ、あははっ!」
「笑い事じゃないよ! わたし、結構ショックだったんだからね! ……いや、べつに姉妹っていうのが嫌なわけじゃないけど」
「なにそれ、『似てる』ってこと?」
「わかんない。でも、そんなときでも、おやつあげたらすぐに機嫌直るの」
「それ、まんま星じゃん」
「……えぇっ!? ちょっ、失礼!! 昴さん、それ超失礼っ!!」
時は流れ、それと同時に空は移り変わる。
そんな巡りゆく季節の中で、わたしは、けっして変わらないものを見つけた。
来年も、再来年も、その先もずっと——
わたしは、昴さんが大好きだ。
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