電話

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電話

ある日本屋さんで出逢ったちょっとおかしな人。 何故だか連絡先を交換して、あれから一ヶ月ほど経ったが彼との交流はまだ続いている。 初めの頃は三日に一度くらいだった彼からの連絡。他愛もない会話だが無視する訳にもいくまいと律儀に返信している内に頻度は増し、今や毎日やり取りする仲になっていた。 俺も俺で最初は半分ほど義務感で返信していたのに、今やこの他愛もない会話が楽しいと感じている。 顔も見たことないんだけどなぁ。 どうやら彼は俺と同い年らしく、大学に通っているとのことだった。しかし基本的には秒速で既読をつけ返事をしてくれる彼も、たまーに返事が遅くなることもあった。 普段からそういう感じの人なら別に気にならない。けれどどうやら彼は律儀な人みたいだから、ホントにたまにだがそういうことがあるとちょっと心配になってしまう。 そこで訊いてみると、どうやら彼はバイト?をしているらしい。何のバイトかは教えてくれなかったが、シフトは結構不規則な時間に入ることが多いらしく、それでいてとても忙しいようだった。 学業に加えて仕事なんて。 俺と同い年で、すごいなぁと思う。俺なんかとやり取りしてていいんだろうか。 ちゃんと、休めてるのかな。 スキマ時間に俺に連絡してくれてるのかなぁ。 そう思うと何だか申し訳ない気がして、一度やり取りを中断しようかと提案したことがあったがその時は何故か全力で拒否された。 文面だけでも心底嫌なんだなって事が分かるくらい、それはもう全力で。 ありがたいことに、どうやら俺との会話が癒しになっているらしい。何でだろ。俺何にもしてないのにな。 だけど俺も、彼との会話を楽しいと感じていたから…彼も同じように思ってくれていたのなら嬉しいと思う。うん、嬉しいな。 それからちょびっとだけ驚いたことがあった。 あの人の名前、「藤倉」っていうんだってさ。 俺も忘れてたんだけど、そう言えば今活躍してる超人気俳優の名前と一緒だった。 母さんが騒いでるのを見て俺も思い出したんだ、あの雑誌の表紙の俳優さん。の、名前。 藤倉…下の名前何だったかな。 でもそんなにめちゃくちゃ珍しい名字って訳でもないと思うし、そんなに驚くことでもないか。ただちょっと「偶然だなぁ」と思っただけ。 それからというもの、同い年ということもあって俺は彼のことをそのまま「藤倉」と呼んでいる。 でもあいつ、何故か俺には「くん」付けしてくるんだよな…。 そう言えば俺の名前を教えた時は、既読はすぐついたのに返信はちょっと遅かったなぁ。 どうしたんだろう。 たまにちょっとおかしいんだ、あいつ。 実際に会ったのは初対面の、あの本屋さんの時だけだけど…。 顔、ちゃんと見てないな…。 俺の素顔を向こうは知ってるのに、俺だけ知らない。あいつが俺の顔なんてちゃんと覚えているかは分からないけれど、俺は一度だって藤倉の顔を見たことないんだ。 何だか不公平だと思う。 だってあの時は、眼鏡にマスクに長い前髪で見えたものと言えば柔らかそうな髪くらい。 顔なんて分かる訳がない。 どうしてあんな格好だったのか、今でもまだ訊けていない。花粉症なのかな。 そんなこんなで謎のもやもやを抱えていると、スマホがいつものようにぶるりと震えた。 けれど表示されたメッセージはいつもとは少し違う。おつかれーとか、今日何してた?、とか、そういうのとはまた違うメッセージ。 『電話しませんか』 たった一言。何故か敬語。 その唐突な一言に、一瞬胸が踊った気が…いや、それは気のせいだな。 「もしもし、澤ですけど」 「………」 「え、番号違ったのかな…もしもーし?藤倉?」 「え、あっ!もしもし…藤倉…です」 何か声、小さいな? いつもより長めに震えたスマホは、いつもみたいにメッセージではなくて彼からの着信を受け取った。 『電話しませんか』という彼からの提案。 それからメッセージアプリの電話機能じゃなくて、電話番号を交換した。 変なところでやっぱり律儀だなぁという感想を抱きながらも、俺は彼との約束の夜まで何となくそわそわと落ち着かなく過ごしていた。 だって会うどころか、声を聴くのだってあの時以来だ。いくらほぼ毎日やり取りしてるからとはいっても文字だけの話。 実際に会話するとなると、やっぱりどこか緊張してしまうんだ。 俺はあんまりやったことないから分かんないけど、ネットゲームで知り合った人とオフ会するのってこんな感じなのかな。いや、会う訳ではないけれど、今までチャットだけでやり取りしていた相手と電話で話すとか。 文字だけの会話とは違って声が分かるし、話し方とか、感情だって相手に伝わってしまうだろう。 こういう出逢い方をした友達は藤倉が初めてだから分かんない。 もしかしたら向こうも、俺と同じように感じているのかも知れない。緊張、してるのだろうか。だからちょっと反応遅れたとか? …いやいや、俺相手にそれは考えすぎか。 恋する相手に電話する訳でもあるまいし。 「藤倉?良かった、一瞬違う人からの電話かと思ったぁ」 「あ、ゴメン、ちょっと緊張しちゃって…」 あれ、やっぱり緊張してたのか。 そっか、やっぱり一度話したことがあるとはいえ、画面だけでやり取りするのと実際に話すのとでは勝手が違うもんなぁ。 こいつがどうやら俺とおんなじように感じていたと知って、俺の緊張は少し解けた気がする。 変なの。何だかむず痒いや。 「ふふっ」 「澤くん?」 「んーん、ゴメン。俺もちょっと緊張してたからさ、お前の声聞いて力抜けちゃった」 「……………」 「あれ?もしもし藤倉?」 また声が聞こえなくなってしまった。 電波が悪いところにいるのかな?それともやっぱり忙しい中わざわざかけてきてくれたのだろうか。それなら申し訳ないので、早めに切った方が良いのかも知れない。 「ごほんっ!いや、何でもない、大丈夫。だいじょうぶ…」 「本当か?今忙しいんじゃないのか?アレだったら早めに切っ」 「いや全然!!もうすっごく暇だよ?何にも予定ないよっ!?暇すぎて電話してないと寝そうなくらいだよっ!!?」 「え、あっ、そうか?眠いなら寝てもいいんだぞ…?」 「いや目は覚めた。澤くんのおかげでめっちゃ目が覚めたよ大丈夫、ありがとう!」 「うん…?」 言ってることが所々支離滅裂な気がするんだが…本当に大丈夫なんだろうか。やっぱり疲れが溜まってるのかも。 というか、こいつの声を聞いていてどうにも引っ掛かることがある。確かあの日も似たようなことを感じた気がするんだが…。 この声、テレビからよく聞こえてくるあの俳優さんの声に似てるなぁ。 名前も一緒だけど声も似てるなんてすごい偶然だ。あんな美声二人と居ないだろう。と、母が言っていたのを思い出した。 二人と居るじゃん、なんて謎の突っ込みは心にしまっておこう。 「あの、さ…澤、くん」 「うん」 「突然電話したいとか言ってゴメンね。ちょっと引かれるかなとは思ったんだけど」 「え、なんで?」 「いや、連絡先だってほとんど無理矢理訊いたようなもんだし…嫌われてたらどうしようかと」 「はあ」 まぁ確かに圧は凄かったけど…。 それでもこの一ヶ月こいつとのやり取りは面白かったし、知り合えて良かったと思うし、俺自身もっとこいつのことを知りたいなとは思ってた。 だから電話しようって言ってくれたときは結構嬉しかったんだよ。 大体そんなことを伝えると、藤倉はまた電話の向こうで黙り込んでしまった。だからやっぱり疲れてるんじゃないのかな。眠いのだろうか。 何か言って欲しい。黙られるとちょっと恥ずかしいんだが。 「………てる」 「え?」 「あいしてる」 「………………え?」 「あぁいや!違くて!いや違わないんだけど違くて、その、えーっと…やっぱり楽しいなって!実際に喋った方がさ、色々とその、うん、」 「落ち着け落ち着け」 「あの、さ」 「なぁに」 「またおれと電話、してくれる?」 「ふはっ!馬鹿だなぁ」 もちろんいいに決まってるじゃんか。 そう言うと気のせいか、電話の向こうで鼻を啜るような音が聞こえた気がした。花粉症かな。 その日から俺たちは、少なくとも週に三回は電話をするようになった。
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