ネコムシ

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2日ぶりに 合鍵でアパートのドアを開けると、 見慣れたワンルームの部屋で 彼女は目を開けたまま倒れていた。 すでにアレの姿は見当たらない。 「だから言ったじゃないか。 あれほどしつこく、拾った場所へ 捨ててこいって何度も忠告したのに」 俺は震える両手の拳を握りしめた。 いにしえに書き残された書物によると…… 其の奇怪なる生物 猫に極めて似て、およそ非なるモノ也。 総じて其れは偽猫、 或いはネコムシと呼ばれる……とある。 「にゃあ」と鳴くその生き物は 時に白く、時に黒い。黒、茶、白の三色。 灰色や茶色の虎模様や、 白地に墨をかけたような柄の時もある。 絹のごとき被毛に覆われた その柔らかい体躯にはしゅるりと長き尾。 兎のごとき短い尾のものもいるという。 成長過程で尾が2本〜9本に分かれるとの 記録もあり。『猫又』や『化猫』と 混同される例も過去にあまた語られり。 口の左右に十本前後の髭をたくわえ ガラスのごときまなこの上には 左右1本ずつ触角が生えている。 被毛に覆われ梅花に似た手には 鋭い毒針を隠す。 普段は日光を好み『香箱』と呼ばれる形態で 光合成をしている姿が目撃される事多し。 多く魚を好んで食すが、 最も好物なのはヒトの肉……らしい。 アメーバ状に変化し 1日の多くを水中にて眠って過ごす。 喉からゴロゴロと 奇怪な音を発する事もあるという。 猫鳴音といわれるその音を耳にした者は 魅入られ、ネコムシのいうなりに操られる。 細心の注意が必要である。 猫に擬態する例が多いその生物は、 ヒトと共生しつつ 又、ヒトに寄生する事もある。 睡眠中の人間に擦り寄り体温を奪い、 起床を妨げ睡眠を強制的に続行させる。 その多くは耳から入り まずは脳の活動を停止させる。 脳や心臓、神経を束ねる脊椎周辺を 生かしたまま、ヒトの内部を1日かけて喰う。喰った人間の皮を着ぐるみのようにまとい、脳を操りながら、その人間になりかわって 生活を始めるといわれる。 「みずき…… もう、喰われてしまったのか?」 空っぽになった金魚鉢の水が かすかに揺れたように見えた。 「にやお」 何も捉えてはいない虚ろな瞳で 天井を見あげたまま、 床に転がった彼女が鳴いた。
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