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サイレン
高校生になって暫くして。
周りの皆が、男女問わず
何かに浮き足立ち
会話があからさまに色めいてきた。
中途半端に 身体と心が成長して
その成長に ついていかない未成熟な私達。
会話の日常の大半も
やれ誰と誰が付き合った、別れた、
ヤった、ヤってない。
そして同時に 誰々が可愛い、格好いい、キモい、ブス。
この頃、私は気付いてしまったのだ。
私は世界一可愛いわけではない。
いや、薄々は気付いていたのだ。
それは幼少期のときから、小学校のころから、中学生に上がってから?
それが高校生になって明確になっただけ。
「文系クラスのミチカちゃん、また告られたんだって。」
昼休みも後半、
私は少し足りないくらいの量しか入らない
小さくて可愛いお弁当を食べ終わり
空腹満たしのために飲んでいる炭酸水のガスも
少し抜けてきた頃。
机を合わせて共に昼休みを過ごしていた佳奈と絵里が
さっきまで話していた
昨日の歌番組についての話の延長かのように
進められていく会話。
「えっまじ?もてるよね〜。」
今日発売したという月刊のファッション誌に目を向けたまま、絵里は興味のなさそうな顔と裏腹に 声だけワントーン上げた。
「ミチカさ〜……
そんなに皆言うほど可愛い?」
発言元の佳奈は、ラインストーンで K と施してある 可愛らしい水色のケースの携帯を弄りながら 会話を続ける。
「え〜?まあ〜
うちらの学年では可愛い部類じゃないの?」
にこりともニヤリとも取れる 楽しげな表情で
絵里はファッション誌から顔を上げる。
片方だけ浮き上がる絵里のえくぼを盗み見て
私の心が すこしフワッと浮く様に感じた。
またか。
私はこういう時、どうしていいか分からなくなって
いつも曖昧な表情と相打ちで済ませてしまう。
自分がされて、嫌なことはしちゃダメよ。
母からの幼い頃の教えが 根付いてるのか
なるべく 「悪口」は言わないようにしている。
悪口は、言われたら嫌だから。
佳奈が話したかったのは、
文系クラスのミチカが告白された話なんかじゃない。
告白される程に、ミチカは可愛いか可愛くないか。
周りからの評判に値する 価値があるのか。
「けど最近前髪切ったの、似合わなくない?
ちょっと太ったし、顔まんまるに見える」
水色のケースの携帯はいつのまにか机に伏せられ、佳奈は 私達にだけ聞こえるように 声を潜めた。
「あ、分かる。前のがよかったよね」
おそらく自分の返事では、周りに何の話か悟られないと知っているからか
絵里は 先ほどと同じ声の大きさで話し続けた。
「……最近見かけてないから、わかんない、なあ」
悪口は言ってはダメ。
けど、あまりに会話に入らないのも不自然だ。
私は、私の許容出来る範囲の受け答えで声を上げた。
「マナはほんと、他人に興味ないよね〜」
佳奈は先ほどの 芝居掛かった潜め声をやめて
ため息交じりに、また携帯に手を伸ばす。
あ、まずい。
私の中でサイレンが鳴った気がした。
やばい、やばい、やばい。
「マナはマイペースだからね〜。
っていうか つぎの授業移動じゃね?準備していこ」
絵里は気付いたのか気付いてないのか、
教室の前にある時計を一瞥し
昼休みのひと時の終了を促す。
「マジだ、急ご」
同じく時計をみて、
机をガタガタと戻し出した佳奈に促されるように
私も机を元の位置に戻して、次の授業で使うであろう教科書やノートを取り出した。
…心のサイレンは 消えては、いない。
「愛未、佳奈、いくよー」
気付いたら当たり前になっていた、
昼休みに 絵里の机に集合するように
合わせてくっつける様な配置。
わざわざ机を動かす必要のなかった絵里は
すこし乱暴な手つきでペンケースと教科書を取り出し 私達に呼びかけた。
自分の準備が終わったのに先に行くこともなく、
当たり前のように私達を待つ絵里。
私と佳奈は
同じく当たり前のように
3人で次の授業が始まる化学室へ向かった。
それから暫くのあいだ
さっきの返事は、
気に食わなかったかもしれない…
もしかしたら、この後私の居ないところで
2人は私の悪口を言うかもしれない
と不安が頭の片隅から消えなかった。
毎日どこか何かしらで感じてしまう
漠然とした不安感。
不安の輪郭が濃くなるたびに
心のサイレンが大きくなる気がして
何かドロっと黒いものが流れてくる様に感じた。
小さくて可愛いお弁当箱。
可愛い女の子と可愛いお洋服が沢山載ったファッション誌。
ラインストーンで K と施している 可愛らしい水色の携帯ケース。
沢山告白されるほど可愛い文系クラスのミチカ。
自分が世界一可愛い訳ではない事に
気付いた私は
絵里と佳奈の、いや、周囲の人間の
顔色をみながら 何かに怯えている
鳴り響くサイレンと共に流れてきた
ドロっとしたものは
不安や恐怖なんかじゃなくて、
「悪口」に同調してしまいそうな私である事に
今度は気付き始めていた。
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