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白雪姫
成長するにつれて変わっていく会話の内容のなかで
「将来の自分について」も加わってきた。
世界一可愛い訳ではなかった私は、
何かに夢中になれるものはなかったし
全て人並み、平均で。
気付いたら、
特化した才能はおろか
具体的な将来像すら持ち合わせていなかった。
絵里と佳奈も、学年が上がり
クラス替えでバラバラになってからは
たまに廊下で挨拶を交わす程度の関係へと変わっていった。
あんなに 当たり前 に一緒に居たはずなのに。
だけど私は、あまり悲しくはなかったし
きっと 2人も 私と大差ないだろう。
「母が看護師だから、私も物心ついた時から看護師になりたいと思ってるの」
「ずっと吹奏楽やってたし、オーケストラとか吹奏楽のある大学に行きたいんだよね」
「うちはあんまり裕福じゃないし、頭もよくないから…就職かなあ」
漠然としていた将来の自分像は
それぞれの輪郭をはっきりとさせる様に
夢から目標となっていく同級生達の横で
私はいつまでたっても 何も思いつかなかった。
正確には、それすらも
真剣に考えてこなかったのかもしれない。
涼しげな目元の父は、良くも悪くもあまり子供に関心はなく
大きな瞳の母は、3年生になっても小さくて可愛いお弁当箱に 色とりどりの 華やかなおかずを詰めながら
「マナちゃんの好きにしたらいいと思うの」
と微笑んだ。
「マナァ、」
帰りのホームルームも終わり、
さて帰るかと椅子を引いた時に
聴き心地のよい間延びした口調で声をかけられた。
「なに?ミイちゃん」
3年生になるクラス替えで、
初めて ミチカ と同じクラスになった。
可愛いと評判のミチカは、
皆からミイちゃんと愛称で呼ばれていたので
私もクラスメイトから友達へと距離が縮んでいく間に
皆の様にミイちゃんと呼ぶ様になった。
あくまで、自然に。
「今日、ヒマ?この間言ってた新作のハンバーガー、食べに行かない?」
クラス替えから2回目の席替えで、
ミチカと前後の席になった。
それまで「ミチカちゃん」と呼んでいたけど
なんとなく馬が合うのか
そのうち一緒にいる時間が多くなり
昼休みに一緒にお弁当を食べたり
放課後や休日にも出かける程の仲になるのに
そう時間はかからなかった気がする。
私達は、
「ミイちゃん」「マナ」の関係になった。
「うん、ヒマだよ。行こう」
「やったあ」
私の返事に、ミイちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべ 小さく飛び跳ねる仕草をした。
すこし間延びした喋り方と、こういうアクションのせいだろうか。
ミイちゃんは時々 ぶりっこ と影で言われることがある。
そして、きっとタレ目がちの
くりっとした目と 口角の上がった唇の
可愛い顔が
より拍車をかけるんだろうな、と思う。
女子特有の嫉妬が入り混じってる事は
側から見ている私でもよくわかった。
当の本人は?
ぶりっこと言われてるのを
「よく言われるから気にしてない」と一蹴し
気にしていないようだった。
実際ミイちゃんは 喋り方やアクションだけが
やや特徴的なだけで、
嫌な事はきちんと嫌だとはっきり主張し
周りをよく見て 困ってる人に 手を差し伸べ
だれかが泣いていると 寄り添って
一緒に悲しむことのできる子なので
圧倒的に 「ミイちゃん側 」の人間の方が多い。
「マナ、限定のシェイクも出てるってー」
「うん、あんまり甘いの得意じゃないから」
「じゃあポテト半分こしよっ」
私は電車通学、ミイちゃんはバス通学だが
バス停は駅前だったので
チェーンのハンバーガー店は
近くにいくつかあったが
駅直結の店舗に行くことにした
携帯で 新作商品を調べながら
ニコニコと話すミイちゃんに
軽い相槌を打ちながら 少し歩幅の狭い彼女に合わせるように
ゆっくりと駅へと向かった。
絵里と佳奈、3人でいることも楽しかったが
ミイちゃんといると 心のサイレンが鳴る事は殆どなかった。
ミイちゃんは、悪口を言わないから?
それは私の母の教えとは違うように感じた。
誰かが悪口を言っていると
なんとなく話題をすり替え、
やんわりと方向転換をするのが
ミイちゃんのやり方だったから。
駅前のハンバーガー店は、私達のような学生や
スモッグを着た幼稚園児を連れた主婦
ノートパソコンを開いて何か真剣にタイピングをするスーツの男の人やらで ひしめきかえっていた。
「ポテトじゃんけんしよーっ」
注文の列に並んで待つ間、
私の前に立つミイちゃんが
振り向いてグーの手を突き出す。
「いいね、じゃーんけーん…」
反射的に私はチョキを出した。
差し出されたのは、ぱっと均等に開いた細長くて白い指。
綺麗に手入れされた薄ピンクの爪に自然と目がいった。
注文を終えて、タイミングよく2人がけの席が
1つ空いたので 滑り込むように2人で座る。
私のトレイには新作のハンバーガーと烏龍茶とナゲット。
ミイちゃんのトレイには 同じハンバーガーと、先程話題にしていたシェイク、ポテトが置かれていた。
「マナ、ナゲット買ったの?」
「うん。ポテト買ってくれたから。ナゲットもシェアしよ」
「マナ優しすぎるっ大好き!」
ミイちゃんは、もともと上がり気味の口角を更に上げて 私にも食べやすいようにと
自分のトレイに紙ナフキンとポテトを広げてくれた。
私も同じように、ナゲットの箱を開き
ミイちゃんにも手を伸ばせそうな角度に置き換える。
「シェイクうまっ!マナも一口のむ?」
「あっ…私は大丈夫、ありがとう」
「そっかあ、甘いシェイクとしょっぱいものの組み合わせが最高なんだけどなっ」
じゃんけんの時と同じように
躊躇なく差し出してきたシェイクのストローには
ほんのりピンクのリップが付いていた。
「甘いの苦手だからさ」
リップの跡を気にしているのを悟られないように
私は烏龍茶を勢いよく啜る。
気付いたらもう殆ど入っていなくて
ズズズ、という音が響いたけど
ミイちゃんの耳には届かなかったようで
また違う話題へと移っていった。
ミイちゃんといる時には、
サイレンは鳴り響かない。
だが、かわりに 黒いドロっとした感情が
溢れ出てきそうになる。
可愛いミイちゃん。
可愛いから悪口を言われるミイちゃん。
悪口を言われても気にしない事ができて
悪口を言わないミイちゃん。
大好き!と心から言えるミイちゃん。
私の世界で、一番可愛い、ミチカ。
あの席替えの席は、前の席がミチカで、
後ろが私だった。
さっきの並び順と一緒。
世界で一番だと信じて疑わなかった女王様は
魔法の鏡で 「白雪姫」という世界一を知って
どんな手を使っても 1番になろうとした、と
昔絵本で読んだことがある。
私が、意識的に後ろに回っていることを
きっとミチカは一生分からないだろう。
私は、女王様にはならないけど
優しくなんかない。
目の前で片手にポテト、片手にナゲットを持つミイちゃんは 先にどちらを食べるだろうか。
私は相槌を打ちながら、
頭の片隅でそっと考えた。
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