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ぼんやりと朝日が昇る吉原の町を眺めていれば、
忘れそうになっていた記憶が甦り、
ふっと俺らしくもない事を思い出し自身で笑みが零れた。
此処が、あの日からずっと住んでいる、
外に出ることを許されない鳥籠の街だ。
「 瑠璃太夫。何か楽しいことでもありましたか? 」
太夫である俺の身の回りの世話や、男娼としての事を諸は学ぶ男児の禿。
この子はヒヨリと俺が名付けている。
「 そうだなぁ……。昔の事を思い出していた、嫌な客を相手にした後は思い出にでも浸らなければやっていけない 」
「 そんなに楽しい思い出だったのですか? 」
まだ七歳程度のヒヨリは、俺からこの業界のことについて学んでいく。
もう少し大きくなったら、新造として一番に可愛がってやろうと思ってるぐらいの容姿も良く、物分りも早い賢い子だ。
「 こっちにおいで、ヒヨリ 」
「 はい 」
乱れた女形の着物を整える事なく、ヒヨリを招き膝の上へと座らせ、装飾が施された櫛を掴み、肩ほどまでの黒い直毛の髪へと櫛を通す。
「 例え楽しくない思い出でも、此処にいるよりずっといい思い出でもある。ヒヨリはそんな思い出はないかい? 」
「 あっちは…赤子からここで育ったので……、瑠璃太夫のように、外を知りません。だから、よく分かりません 」
「 フッ、すまない。そうだったな、ここで育った者には、外は未知の世界か 」
影で産み落とし男の赤子ならば、
陰間茶屋の店先に捨てて帰る、
そんな花魁などゴロッと存在する。
子を下ろす治療をしたところで上手くいかない場合の方が多いからな…
その点、俺は男である為に子を孕むことは無いのが助かる。
梳かしていた手を止めれば、ヒヨリはこちらを見上げて来た。
「 瑠璃太夫は、外に出たいですか? 」
「 俺を身請けしてくれる奴が現れればな。だが、桜主さんが離しはしないだろ……。あ、この話は内緒な? 」
「 はい!瑠璃太夫とわっちのヒミツです 」
この世界しか知らない者は、外を望むことをしない。
正確には諦めてる子が多いからこそ、
俺のように外を走り回ったことのある者はどんなに月日が流れようとも、外を望む飼われた野鳥に過ぎない。
大半は、この吉原から出る事ができないまま、病で死に行く者が多い。
俺は此処で死ぬぐらいなら、金持ちに見受けされて外に出たいと望むが……。
今では、この卯月屋に無くてはならない存在になってしまったから、
そう簡単には身請けを受け入れることはしないだろう。
「 嗚呼、いい子だ。着替えるから手伝ってくれるかい? 」
「 もちろん! 」
重い着物を脱ぎ、タンスから引っ張り出しては布を向けてくるヒヨリから受け取り、羽織っていく。
手際良く手伝ってくれたヒヨリに礼を告げていれば、大声が聞こえてきた。
「 絶対に男に股は開かねぇ!!! 」
こんな朝っぱらから何を言ってんだ?
桜主さんが、台廻しの雇い人でも引き込もうとしてるのか?
こんな俺という男娼がいながら、
どういう心境の変化?だと疑問になり、重い身体を起こしては部屋を出た。
「 朝っぱらからなんの騒ぎでありんすか。あっちの眠りを妨げるとは…… 」
「 これは瑠璃、休みを妨げては済まないが…この小僧がな。売られた割には威勢がよくて、御前からも言ってやってくれねぇか? 」
玄関先で、身体を縄でグルグル巻きにされた、異国の金色の髪と青い瞳をした少年が顔を背けて頬を膨らませていた。
過去に慕っていたせいか、商人の幼馴染みもまた異国の容姿をしてたと思い出し、
呆れたように口にする。
「 店先で騒がれても困る。わっちが面倒を見てやりんすから、その縄を外してくれなんし 」
「 いや、縄を外したら逃げようとしてな…… 」
「 ほう? 」
まるで獣を捕まえてきたような言い方に、少年へと視線を向ければ、俺の声を聞いてか彼は顔をこちらへと向け目を見開いた。
そして、芋虫のように身体を動かし身を乗り出した。
「 ルイだよね!? 」
「 は? 」
「 俺だよ!礼貴!!幼馴染みだった、礼貴だよ!! 」
理由は知らないが、売り飛ばされた歳も近く見える少年が、まさか幼馴染みだったらどうする?
金を稼ぐと言ってた割りには身なりがボサボサで、貧相に見える。
いや、貧相にならなければこんな場所には来ないだろう。
これは夢か、それとも嫌な現実かは分からないが鼻で笑い見下げた。
「 そちのような貧相な小童が、この太夫と知り合いなわけありゃせん。身の世話は、他の者にさせりゃいい 」
俺はしないと背を向けようとすれば、幼馴染みと名乗る男は、縄を振り外し着物の裾を掴んだ。
「 そんなこと無い!!君は、ルイだ!俺の大好きな、幼馴染みのルイだよ 」
「 ならば、事実を教えてやろう 」
「 事実? 」
その手を振り払い身体を下げては服を掴み、自らの方へと持ち上げ、視線を絡ませた。
「 そのルイってやつは、死んだ 」
「 なっ……! 」
「 死んだ奴と俺を一緒にするな。はっ、…売られたなら、買われた額ぐらいはオヤジさんに返す気で働くんだな。いや…お前の様な色気の欠片もない者。買う奴すらいないか 」
これで少しは過去の俺と同じ者として扱うことは無いだろ。
周りの目など気にせずハッキリと言い放てば、少年は鼻先を赤くし答えた。
「 っ、ルイはそんな事言わない……。俺は男に媚を売ってまで生きる気はない! 」
「 ならその縄で首吊って死ね 」
「 !! 」
「 それが出来無いなら働け。此処ではそれしか生きる道はない 」
これ以上、俺を幻滅させないでくれ。
幸せで、金があった御前がなんでここに居るか知らないが……
売られてしまったなら、もう前の肩書など無い物と同じ。
此処では、御前は下っ端の新造なんだ。
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