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「 御前は俺の睡眠を邪魔するのが、好きなようだな? 」
「 そんなつもりじゃないけど……すみません 」
禿に連れられ、瑠璃と新たな名を持つ幼馴染みの元へと来れば、
早々に不機嫌な彼に身を竦めてしまう。
手に持った長い煙管を時折咥え、敢えて紫煙を俺に吹き掛けるように吐き出す為に、慣れないものに咳き込みそうになる。
それをぐっと堪えれば、彼は片足を立て白い素足を晒したまま淡々と告げる。
「 謝るぐらいなら何故来た。大体、御前は商人としてやって行くと聞いてたから安心しきっていたのに、こんな場所に売られ馬鹿か 」
「 っ、俺は好きでここに来てない。誰かが…店に付け火したんだ。その濡れ衣を着せられて…… 」
人前では俺との関係を否定したけど、やっぱり昔の事を覚えてくれてるのだと嬉しくなる。
知らない場所ではなく、知っている幼馴染みが居ることに安堵はするが…
目線を上げて見た相手は、腰ほど長い紺色の髪を持ち、瑠璃色の瞳を持った、
男でも見惚れるほど美しい容姿へと成長している。
俺の知ってる、木刀を持って鍛錬したり走り回っていた幼馴染みとは雰囲気がガラッと変わってるから戸惑う。
自身に起きた出来事よりもずっと、その事が気になって仕方ない。
「 ハァー……付け火ね……。確信はあるのか? 」
「 あの時、不自然に逃げていく三人組を見た。けれど…追い掛けた先にはお役人が居て 」
俺は、誰に言っても信用されなかったあの時の出来事を鮮明に話した。
再会してままならない相手に言うには少し重い話かもしれないが、
それでも何故か…瑠璃には素直に言えるんだ。
俺の話を最後まで聞き終えた彼は、煙管に入った灰を落とし、流した視線を外へと向ける。
「 その話はもう誰にも言わない方がいいだろうな 」
「 なぜ? 」
「 犯人探しをしたところで、お偉いさんが関わってるなら男娼には手に負えない。処刑されないだけ有り難いと思うしかない 」
「 指を咥えて我慢しろってこと!?瑠璃は、それで父親の事…我慢できたの!? 」
張ってしまった声に、瑠璃は浅く口角を上げ、綺麗な顔とは反して不器用に笑った。
「 俺が何もせずに此処でのうのうと生きてると思うか? 」
「 え…… 」
「 父親を殺す事を命じたのは、元町奉行、森野宏大だった 」
犯人を知りながら、何もしないことに疑問になり、問おうとした時には答えられた。
「 そいつが此処に来たからな。しこたま酒を飲ませた後に探りを入れたら、目障りだった蒼樹 龍ノ介を殺したことは簡単に吐いた。余りにも呆気無くてな……殺意すら如何でも良くなった 」
「 なんで……そんな、だからって野放しにするなんて 」
「 結局、金と地位がある者が生きていく時代に。俺達のような雑草は我慢するしかない。だが、今はもう我慢する地位では無くなった 」
「 どういうこと? 」
店を焼いた者に復讐を、そう思っていた俺なのに……
瑠璃には大切で好きだった父親が殺された事に、もう何も殺意など持ってるようには見えなかった。
そんなに簡単に諦める事が出来るのかと疑問になれば、彼は自らの胸元へと片手を当てる。
「 吉原一の瑠璃太夫とは俺の事だ。芳町で知らぬ者は居ないほどな。今では、お忍びで来るどんな奴でも枕を選ぶ事も可能なんだ。嫌なら金だけ貰って蹴り飛ばしてしまえばいい。無様に帰って行く代官を見てると笑いが込み上げて来る 」
俺の知らない時に、瑠璃は此処で生き抜く為に色んな事を学んだのだと思った。
俺に生きろと言う意味も納得出来て、浅く笑う彼を見てから身体を寄せる。
「 フッ……あの顔はいつ見ても……ん? 」
「 瑠璃!! 」
クツリと笑った彼の片手を握り締め、視線を重ねる。
「 俺、店の事はもういいから。瑠璃の傍にいるからね!もう、瑠璃を一人にしない 」
小さい頃はよく俺の方が泣いていて、それを守ってくれたけど、
今は守れるぐらいの男に成長して……
「 ほう?どの新造が、この太夫に言ってんだ? 」
「 え…… 」
蛇に睨まれた蛙のように、美しい顔立ちで嘲笑った瑠璃に気を取られてる間に畳の上へと押し倒されていた。
キョトンとする俺に、瑠璃は片手を着物の間に手を突っ込み、太腿を撫で上げた。
「 っ〜!! 」
ぞわりとした感覚と何をするのか分からなくて声が漏れそうになれば、彼は笑みを浮かべ平然と告げた。
「 筆下ろしがまだだろう?俺が男の色を教えてやる 」
「 なっ!? 」
「 オヤジに抱かれるより、俺に抱かれた方が後味はいいと思うがな? 」
熱が上がりカッと赤くなる顔を誤魔化す余裕も無く動揺したまま硬直してしまった。
否定する意思など削ぎ落とされるぐらい、俺に被さる瑠璃の容姿が良過ぎて、両手を顔に当て隠した。
「 君なら、いいかもしれないと思ってしまった…自身を殴りたい…… 」
「 ふはっ、別にいいんじゃないか 」
「 なんで…… 」
幼馴染みに抱かれてもいいと一瞬でも思ってしまったのに…
それすら嫌がりもせず笑った瑠璃へと視線をやれば、彼は俺の手を取り指先へと口付けを落とした。
「 俺に抱かれたいと思う奴は多い。今更、気にはしない 」
「 っ…… 」
それは彼にとっては慰めの言葉なんだろうけど、俺にとっては胸に何かが突き刺さるほどに傷んだ。
俺を抱くことに、
好意など…存在しないんだ。
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