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ピンポーン、間抜けな音をたて自動ドアが開く。
コンビニの中は空調が利いていた。そこそこ快適で広く清潔、陳列棚にゃ商品が整頓されている。
「待ってください先輩」
「とっとと来い、ただでさえ時間押してんだ」
渋滞に捕まってしくった。
右手首の腕時計を見ると、約束の時間まで10分を切っていた。取引先の商社はすぐそこ、何とか間に合いそうで息を吐く。
イライラする俺に引っ付いて自動ドアを抜けたのは後輩、千里。
ちなみに下は万里、語呂合わせみてェな名前。聞いただけじゃ性別だってわかりゃしねえ。
コイツが部署にきた日の自己紹介を思い出す。親は何思って付けたんだ、と心ん中で突っ込んだ。新婚旅行で万里の長城でも行ったのか、ハネムーンベイビーか?
今日も千里はこざっぱりしたグレイのスーツを着こなし、上品な臙脂のネクタイを締めている。
清潔感あふれる装いと爽やかなルックスは、新入社員の模範として額に入れて飾りたいほど。おまけにイケメンときて、部署の女どもの熱い視線を一身に集めてやがる。
「何か買ってくんですか」
「手ぶらってわけにもいかねーだろ」
「お金出します」
「いいよ別に、経費で落ちるし」
コンビニに寄ったのは手土産を買うためだ。
レジの後ろには贈答用の菓子折りが数種類並んでいる。
「フルーツゼリー、パウンドケーキ、ラスク、せんべい……色々あんな。どれにするか」
「向こうの課長さんて60代前半でしたっけ。年配の方にはおせんべいでしょうか、やっぱり」
「入れ歯だったら逆効果だ」
「皆で分けるんなら個別に包装されてるものがいいでしょうか」
判断が悩ましい。こんな事なら前回会った時聞いとくんだった。
「最近の入れ歯はよくできてるって話ですよ」
「贈答品で耐久性試さねェよ」
ポーカーフェイスでボケをかます千里にあきれた一瞥をよこす。
まったく、コイツと組んで外回りなんてツイてねえ。
新人の指導係なんて面倒なだけだ。職場じゃ厳しい先輩で通ってるせいか、
「頼むよ久住くん」なんて体よく押し付けられちまった。
ぶっちゃけ、コイツは苦手だ。すごく苦手だ。
「フルーツゼリーは匙がいるしな。ケーキはくずが零れっしラスクかせんべいが無難か?お前はどう思」
どの菓子折りにすべきか真剣に検討する俺の横で、後輩はぼんやりしていた。
言葉が宙ぶらりんに途切れた俺へ向き直り、緩慢に瞬きする。
「……え?なんですか」
「ちゃんと聞いとけ」
また舌打ち。すっかり癖だ。
「じゃあラスクで決まりな。すいません、あれください」
「かしこまりました。紙袋にお詰めしますか」
「お願いします」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
会計を済ませて紙袋を受け取る。長居は無用だ。
「行くぞ」
「僕が持ちますよ」
踵を返すと同時、ソツなく申し出る。気が利く後輩の演技なら満点。
「……わかった」
先輩に払わせたから恐縮してんだろうか、それとも点数稼ぎか?
にこやかな後輩に紙袋を手渡し、自動ドアから出る。
街路樹が植わった歩道をいくらも進まないうちに、背後で音がした。
振り返ってあ然とする。
「お前な、落とすなよ」
「すいません」
紙袋の底を払って拾い上げる。中の菓子折りは無事らしく、確認した顔に安堵が滲む。
イヤミなくらいよくできた後輩がこんなミスするなんて珍しい。心なしか元気がねえ。顔も仄赤く汗ばんでいる。
「風邪?」
「え」
正面に取って返して直球を投げれば、ぽかんとする。
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