2.桜の思い出

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それまでは婚約者と言われてもピンとこなかった浅緋だ。 けれど幼いころの話を父がしていたことや、優しいその片倉の行動に、浅緋はこの人を選んだ父は、間違いなかったのかもしれないと思った。 その後はあまり会話はなく、むしろ今後の引越しの件などを事務的に淡々と片倉は伝えるようにして、食事は終わった。 食事を終えた片倉は、運転手付きの車で浅緋を家まで送ってくれた。 後部座席の端と端に座って、車の中では何も会話はない。 浅緋はもともと自分から積極的に話をすることが得意ではないし、人との沈黙も怖くない。 むしろ、安心して一緒に静かに居られる人はとても貴重な存在だと思っていた。 だから片倉の静かな沈黙はむしろ心地よく、車が自宅近くの見慣れた道にたどり着いた時は、もう少しこのまま走っていてもいいのにと思ったくらいだ。 「到着致しました」 行きの運転手さんと同じ声で穏やかに到着を告げられた。 「はい。片倉さん、今日はありがとうございました」 浅緋が車を降りようとすると 「浅緋さん」 と片倉が浅緋を追ってくる。 「はい」 浅緋の目の前に立つと、本当に背が高くて浅緋は片倉を見上げなくてはいけなかった。 見上げるほど大きい男性は、浅緋は本当は苦手である。 そもそも浅緋は年頃の男性との接点がない。 そんな中、男性であるだけでも苦手なのに、それが背の高い人だと、怖いような気がしてしまうのだ。
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