3.『政略結婚』

5/11
前へ
/216ページ
次へ
すると、課長からいつも通りに社長室に行くように声をかけられた。 浅緋は社長室の前に立つ。 本当はまだ中に元気な父がいるのではないかと思うけれど、そんなことはないことは分かっている。浅緋は思いを振り切ってドアをノックした。 「どうぞ」 中から聞こえてきたのは、比較的若い男性の声で、もちろん父とは違う。 そうよね……と浅緋は分かっていたことではあったけれど、寂しい気持ちでドアを開けた。 「失礼します」 浅緋がドアを開けると、中にいた男性が振り返る。 部屋の中にいたのは、片倉とそれほど年齢の変わらない男性だ。 身長も片倉と同じくらいに背が高くて、浅緋には少し威圧感があって怖い。 その人はじろっと浅緋を見やった。 高い身長と切長の瞳、濡れ羽色というのか真っ黒な髪の持ち主で、その鋭い目つきと雰囲気はまるで黒い狼のようだ。 社長室の入り口で立ち尽くしてしまった浅緋の方に、彼は歩み寄ってきた。 「園村浅緋です」 「知ってる。俺はここに派遣されてきた槙野祐輔(まきのゆうすけ)という。園村さん、前社長のお嬢さんなんだって?君が片倉の政略結婚のお相手なんだな」 そのひんやりとした言い方に、浅緋は背中から水を浴びせられたような気持ちになった。 槙野の言うことは間違っていない。 片倉に大事にされていたから、忘れた気持ちになっていたけれど、確かにその通りなのだ。 『政略結婚』
/216ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23828人が本棚に入れています
本棚に追加