すくわれたおおかみのはなし。

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 ***  オオカミの多くは、北の森に住んでいる。北の森にも多く獲物はいるし、本来ならば北の森の動物が南の森までやってくることはない。間には流れの早い川があり、場所によっては滝もあり、この二つの森を自由に行き来するのは極めて困難であるからである。いくら南の森にも豊富な“餌”があるとわかっていても、南の森にやってくるオオカミがほとんどいないのはそのためだった。  そう、サイラスとて完全にイレギュラーでここに辿りついたのはわかっている。  彼は全身、爪と牙で傷つけられた怪我だらけで死にかけた状態で、川を流れてきたのだから。恐らく北の森の山の方、上流からずっと流されてきたのだろう。あの怪我と水で、よくぞここまで生き延びられたと思う。これも、神様とやらのおぼしめし、なのだろうか。 ――まあ僕は、神様なんか信じていないんだけど。  彼が、群れを追われて逃げてきたのは確実だった。きっと粛清を受けている最中に川に落ちてそのまま、ということなのだろう。  オオカミは義理堅い生き物なんだよ、と言って彼は手当して匿った僕をすぐ食べようとはしなかった。それどころか、僕が作った野菜のスープをいつも美味しそうに食べた。肉食動物が、それだけで生き延びるのは困難極まるはずだというのに。 「……サイラスさん。明日僕、魚を取ってきますよ。魚ならもう少し、サイラスさんのおなかも膨れると思うんです」  食卓を囲みながら僕が告げると、サイラスは嫌そうに眉をひそめた。彼は怪我こそ治ったものの、日に日に痩せていっている。栄養失調に陥っているのは、明白だった。 「魚も、肉だろ」 「そうですけど。それでもあなたが嫌がっている“草食動物を食べる”よりは遥かにマシでは?次の満月の日まではなんとしてでも生き延びたいんでしょう。だったら、ある程度は妥協しないといけませんよ」 「……畜生。ていうか、お前気づいてたんだな。俺が肉食断ちしてるってこと」 「むしろなんで気づかないと思うんですかねえ」  はあ、と僕はため息をついた。
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