すくわれたおおかみのはなし。

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「だから、お前も俺に余計な期待なんかするな。助けてもらったのはありがてぇし、配慮してくれるのも嬉しいけどな。俺と関われば、お前もろくな最期にならねぇぞ」  自分の予想した通りだったな、と僕は思う。  彼は優しい。本当に残酷なオオカミなら、こんな忠告もせず自分を食べるだろう。  ただ一つ、彼は誤解している。それは。 「それでもいいって、言ってるじゃないですか」  自分はもう、死んだも同然の存在ということ。 「サイラスさんに食われるならそれも本望なんです。僕の家族は、僕が小さい頃にオオカミに全員食い殺されました。死んだら僕も、お父さんやお母さんと、兄弟と同じ場所に行くだけなんです」  目の前の彼と、自分の家族を殺したオオカミは別の存在だ。そしてそもそも僕は、オオカミという存在そのものを憎んでもいない。彼らも生きるために必死だったというだけのこと。憎むべきは――弱かった、自分と家族と仲間のことだけだ。  彼は、満月の夜までどうしても生きなければいけないという。きっと、その死んだヤギの友達絡みで何か理由があるのだろう。  しかし、それまで草食動物の肉は食いたくないという。だから僕は、彼と約束したのだ。満月の夜まで、自分が彼を匿うと。でも、もしそれまで自分がいくら代替食を用意しても彼が生き延びるのが難しそうだったら――その時は、彼が自分を食べてくれると。  どうせ、長い命でもなく、いつ肉食動物に食い殺されてもおかしくないような身。それならばいっそ、少しでも好ましいと感じる相手の糧となった方がいいはずだ。 「約束、忘れないでくださいね。サイラスさん」 「……わかってるよ」  それはとても、不思議な時間だった。  友達なのか、仲間なのか、家族なのか、恋人なのか。  確かなのは、家族が殺されてからどこか村人たちに腫れもの扱いされており、一人ぼっちで小屋に住み続けていた僕に。久しぶりに、一緒に食卓を囲む相手ができたこと。ちょっとした雑談や愚痴を言い合える存在が出来たことだ。  この幸せな時間を忘れないまま、死ぬことができるなら本望だ。僕は、心の底からそう思っていた。
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