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なんとかサイラスに魚を食べることを了承してもらった結果、少しだけだが彼の体力は回復した様子だった。満腹には程遠いものの、どうにか僕を食べることなく満月の晩を迎えることができたのである。僕としては“満月の晩を超えても自分を食べていいよ、と言えば良かった”とちょっとだけ後悔するところだったのだけれども。
お前も来いよと言うので、二人で満月の照らす丘へと登った。サイラスは青い“月見草”を口にくわえている。それを丘の上に置いて、小さく遠吠えをした。
「あの子ヤギのガキとな、約束したんだ。満月の夜に、合唱するって」
「合唱、ですか?」
「“へいわのうた”ってのがあるだろ。あの歌を一緒に歌おうってんだ。俺は歌が下手でなあ。実はガキと会って何をしてたのかっていえば、歌が上手なガキに歌を教わってたってのが真相でな。あんまりにも音を外すもんだから、最初は滅茶苦茶呆れられたんだよ。元々すげぇガラガラ声だしなあ」
だからよ、と彼は僕を振り返って言う。
「あのガキに、成果を聞かせてやれなかった分。お前がそこで聴いててくれねぇか。へいわのうた、は南の森にも伝わってるから知ってるだろ?」
僕が頷くと、彼は満足そうに笑って口を開いた。満月に向かって、高らかに歌を歌い始める。
“かみさまは どこにいる?
きっとわたしの こころのなかに
かみさまは どこにいる?
きっとあなたの こころのなかに
やさしいきもちで だれかをだきしめて
それをきっと かみさまはみているから
やさしいきもちで だれかにてをさしのべて
それをきっと かみさまはしっているから
だいじょうぶ だいじょうぶ
あなたのあいは ちゃんとつたわっている
だれかにあげたひだまり だれかにあげたきぼう
かならずあなたにかえってくること わすれないでいて”
あまり、好きな歌ではなかった。
何故なら僕は神様を信じていない。神様なんてものがもし本当に存在するのなら、何故僕の家族が死んだのかわからないと思ったからだ。
だが、こうして聴いていると分かるような気がしているのである。この歌で言う“神様”とは、全知全能の存在の事ではないのではないかということに。
神様は、自分だ。
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