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自分が行う善も悪も、自分自身だけはずっと見ている。誰かにあげた優しさも悪意も己に返るとわかっていれば、人は一生懸命に誰かを愛することもできるはずだと。それが平和への行列として連なり、未来に続いていくのではないかと。
――奇麗事だ。
世の中は、そんな単純にできていない。それでも、時に人はその綺麗事を信じることによって救われるのかもしれない。
気づけば僕も、彼と一緒に口ずさんでいた。ずっと嫌いであったはずの、その歌を。
“だいじょうぶ だいじょうぶ
あなたのいのちは みらいへつながる
だれかがあなたをおぼえ だれかがあなたをいたむ
だからあなたもきょうをいきて わすれないでいて”
「……ありがとよ」
歌が終わったところで、彼は僕を振り返った。
「お前のおかげで、救われた気分だ。これでもう悔いはない。お前を喰わないで今日まで来れて、本当に良かったよ。お前のおかげだな」
「……それなら、良かったです。僕も……」
「ん?」
「僕も。……救われたのは、同じですよ」
僕はそっと、小さな両手を広げてサイラスを抱きしめた。真っ黒な毛はごわごわしていたけれど、それでもとても温かかった。小さな頃、お母さんに抱きしめられたことを思い出していた。
「ずっと、一人ぼっちだったんです。家族が死んでから、ずっと。……それはオオカミのせいだとあなたは言うでしょう。でも、それだけじゃないんですよ。僕は知ってるんです……あの日僕の家族がオオカミに襲われたのは。オオカミに、家族を売った奴がいたからだってこと」
元々、僕の家は村でもさほど地位が高い方ではなかった。南の森に僅かに住んでいるオオカミの一部が村を襲った時、他の仲間が避難する時間を稼ぐために――当時の村長達が、村はずれにあった僕の家の場所の情報をオオカミ達の側にリークしたのである。
結果、あの日死んだのは僕の家族だけ。
生き残ったのはまだ小さくて、ベッドの下に隠れることができた僕一匹だけであったのである。
僕は、伯父を含めた村人たちに家族が売られたことを知っていた。彼らがその罪悪感から、自分を腫物扱いしながらも衣食住を提供してきたことを知っていたのだ。
神様なんか、いない。
神様がいるのなら、何故殺されたのは――そんな薄汚い村の連中ではなく、自分の家族であったのだろうか。
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