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第9話 決意、そして男の友情【草薙/柏木】
市民会館大ホールで開催されたコンクールには万全の準備で臨んだにも拘わらず、県大会で終わった。全国大会出場を狙っていた青陵高校としては不本意な結果だった。
「……すいません。先輩たちの最後のコンクールで、結果が出なかったのは俺のせいです。指揮者の俺の、力不足です」
柏木は、深々と三年生に頭を下げた。なかなか顔を上げない。その肩や背中が激しく揺れ出した。大粒の雫が膝を掴む柏木の両手や地面に振り続けた。柏木は男泣きしていた。
部長は労わるように柏木の両肩を叩いた。
「結果がよくなかったのは、俺たちの実力が足りなかったからだ。お前のせいじゃない。そんな風に責任を感じる必要はないよ。精一杯やったから俺たちに悔いはない。清々しい気持ちで引退できるよ。
それより、これまで部のためによく頑張ってくれたな。本当にありがとう。お前はあと一年あるじゃないか。来年、俺たちの分まで頑張ってくれ」
他の三年生も目に涙をうっすら浮かべて部長の言葉に深く頷き、何人かが続いて柏木の肩や頭をポンポンと優しく叩き、感謝やねぎらいの言葉をかけた。
ようやく柏木の涙が落ち着くかと思った頃、同じトロンボーンパートで人一倍長い時間を一緒に過ごした熊谷が、力一杯、柏木を抱き締めた。
「柏木ー! 俺、お前と一緒にブラバンやれてホント良かったよ!」
二人とも再度号泣したのだった。
先輩たちの涙や落胆。柏木の悲痛な姿。
(そうか……。今年のコンクールは終わったけど、来年は圭先輩たちが三年生で、最後の年になるんだ……。僕、もっと頑張ります。そして、あなたを支えます)
草薙は無言のまま、柏木の後ろ姿を見つめながら決意を新たにした。
***
初出場したコンクールの後、草薙は変わった。
一度こうと決めたら黙々と取り組む性格なので、あまりにさり気ない変化に気付いた部員は当初殆どいなかった。部活以外の時間で、秘かに走り込みや筋トレを始めていた。部室や教室で牛乳を飲む姿がよく見られた。弁当の大きさも一回り大きくなった。
数か月後には、成長期もあいまって、草薙の身体はみるみる逞しくなった。自覚が芽生えて精神面でも成長を遂げたので、その顔立ちに精悍さが加わった。演奏面では明確に音色が変わった。筋力と肺活量に支えられ、音量、豊かさ、切れ、表現力が格段に向上した。
新春を迎えた頃には、草薙の背丈は柏木や柳沢とほぼ並んでいた。そんな草薙を見て、柳沢は真顔で言った。
「草薙は今でもトイプードルっぽいけどさ。前は可愛らしいテディベアカットだったのが、今はちょっとキリっとしたよな。シュナウザーカットにバージョンアップしたみたいな感じ」
彼は自宅でトイプードルを飼っている。スマホで愛犬の写真を柏木と草薙に見せてくれた。
「ほら。トリミングの仕方で、全然雰囲気が変わるだろ?」
草薙はやや不満そうだ。自分の鳶色の巻き毛を指先で弄りながら、口を尖らせた。
「……でも、やっぱりトイプーなんですね。ジャーマンシェパードとか、ハスキー犬とは言いませんけど、ラブラドールレトリバーとかシェットランドシープドッグの方がいいなあ。……このクルクルの髪がいけないのかなあ。もっと短くしようかな」
そんな二人のやり取りを見ていた柏木は、微笑みながら、さり気なくフォローした。
「すごく頼もしくなったよ、草薙は。去年のコンクールの後から人一倍頑張ってきたもんな。身長も、もう俺より高いんじゃない? 逞しくなったしなぁ。腹筋六つに割れてるって噂、ホントかよ?」
下心を隠し、まるで久しぶりに会った弟の成長を喜ぶ兄のような口ぶりで、さり気なくその腹に触れた。
「うわ、硬っ!」
「はっ、恥ずかしいです」
身体は一回り二回りと大きくなったが、こういう場面になると頬を赤らめてアワアワとなり、手を払いのけるでもなく、柏木のなすがままの草薙はやっぱり可愛い。
その下心を知ってか知らずか、草薙は真剣な眼差しで、まっすぐ柏木を見つめた。
「圭先輩は、指揮者としてバンド全体を見なきゃいけない立場じゃないですか。僕は実力も経験も知識も、まだまだですけど、トロンボーンパートのことはもっと安心して任せてもらえる男になりたいんです」
おずおずと自分の後を付いてきていた少年が、いつの間にか肩を並べて、隣を同じ目標に向かって歩こうとしている。見た目だけでなく精神的にも成長した草薙が自分を支えるパートナーに変貌を遂げつつあることに胸が熱くなった。
柏木は無言で右手を差し出した。草薙は「ん?」という表情を浮かべたが、素直に柏木の手を握った。柏木は左手を草薙の背中に回し、軽く引き寄せ、肩と肩をぶつけた。
男同士の友情のハグ。
手と身体を離しながら、柏木は、軽く笑みを浮かべ草薙を見返した。
草薙の胸にも、温かいものが広がった。柏木に、男として対等な存在と認めてもらえた気がした。
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