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第13話 コンクールの夜の告白【柏木】
「えー、それでは、我らが青陵高校ブラスバンド部の、吹奏楽コンクール全国大会出場を祝して。明日からは、全国で恥ずかしくない演奏ができるように、また練習頑張るけど、今日はとりあえずカンパーイ!」
打上げと称してカラオケボックスに繰り出した部員たちは、ソフトドリンクで乾杯し、育ち盛りらしく、唐揚げやらフライドポテトといった高カロリーな料理をパクパク平らげ、思い思い歌ったり、歌に合わせて楽器を吹く者まで居て、昼間の興奮が続いていた。
まだ火照っている頭と身体を冷やそうと、柏木は店の外に出てガードレールに腰掛け、夜空を見上げた。夏も終わりが近づくと、日が暮れると少しは涼しい。
「圭先輩」
少し高めの優しい声。自分に呼び掛けている声は誰のものか、目線を下げる前から柏木は知っていた。
「草薙」
予想通り柏木の愛しい人が、少しはにかみながら自分の前に立っていた。最近すっかり大人になったので、以前はよく見た彼のこういう表情も久しぶりだ。
「昼間は、みっともないとこ見せて、すいません。ちょっと恥ずかしいです」
草薙は照れたように微笑み、柏木の左隣に腰掛けた。柏木は右手を差し出した。草薙はその手を握り返し、二人で右肩同士を寄せ合いぶつけた。
「大丈夫だよ。俺に対して、みっともないとか、そういうの気にすんな」
真顔で言った後、彼は続けた。
「何たって、俺、お前の全てを一度見てるからな」
悪戯っ子のようにニヤリと笑った。
「うっ……。それ言います? 勘弁してください……」
草薙は耳まで真っ赤になった。
「ふふ……。可愛かったよ、あの時の草薙は」
柏木が思い出したようにクスクス笑うと、草薙は頬を赤らめたまま、不満げに口を尖らせた。
「じゃあ今は可愛くないみたいじゃないですか」
「……今は、可愛いっていうより、カッコいいよ」
柏木は少し目を眇めて、眩しいものを見るように草薙を眺めた。
「今日の演奏も素晴らしかった。お前がベストを尽くしてくれたのは、勿論、俺にはすぐ分かったけど、一年生の三枝と松原。あいつらも目の色を変えてお前に食らい付いてきてた。お前が真剣だったからだよ。素晴らしいリーダーだ。後のことは、安心してお前に任せられる」
「僕は……、青陵高校に入学してからずっと、圭先輩の背中を追いかけて、追い付きたくて、必死でもがいてただけです。今回みんなで力を合わせて、燃えて、すごく楽しかった。こんな経験ができたのも、先輩がいたからだと思ってます。……さっきから先輩、過去形で喋ってます。まだ全国大会あるじゃないですか……。僕らのこと、過去にしないでください」
草薙は、最後は少し目を潤ませていた。
「そっか、そうだな。全国大会、頑張ろうな! にしても、お前に『気ぃ抜くな』って言われるようになるとはなぁ。……やっぱり、お前いい男になったよ」
「圭先輩」
草薙が真剣な表情で、背筋を伸ばした。
「好きです」
シャープになった頬や顎の線には、青年の爽やかな色気を漂わせ始めているが、大きな瞳や、ふくよかな涙袋の可愛らしさは以前から変わらない。
柏木は一瞬驚いたように目を見張り、しかし間髪入れず答えた。
「俺も、草薙が好きだよ」
あっさりと柏木にそう言われ、草薙は、ウグッ、と言葉に一瞬詰まった後、
「……あの、僕の『好き』の意味、分かってます? 単に先輩として憧れてるんじゃないんです。キスしたいとか、そういう意味での『好き』です。圭先輩、桜井と付き合ってるんですよね?」
彼は再び頬を赤らめて、必死に言い募った。
「うん。分かってるよ。俺も、恋愛感情っていう意味で、お前が好きだ。あと、佑とは少し前に別れた」
予想を完全に裏切る展開に、口をパクパクさせて言葉を失っている草薙を前に、柏木は苦笑した。
「あーあ。俺から言うつもりだったんだけど。普段は控え目だけど、いざという時は、しっかりしてて意志が強いんだ。……お前の、そういうところが好きだ」
ガードレールに置かれた草薙の手に、そうっと自分の手を重ね、きゅっと上から握りながら、柏木は草薙の顔を覗き込んだ。
「あのさ。間接キスがOKってことは、直接しても、いい……?」
草薙の頬は再び赤くなった。
「えっ……、なっ、なんで、それを……?」
「見ちゃったんだ、たまたま。黙っててごめん。でも、草薙の気持ち、嬉しかったし、俺的には、すげぇキュンとしたんだ」
そう言いながら、柏木は、自分の表情と声がどんどん甘くなっていくのを感じた。肩と肩が触れ合った。男同士のハグでぶつけ合う時とは違って、ためらいがちにひっそりと。触れているところが熱い。
右手を伸ばして草薙の頬を包み込み、怖がらせないように、ゆっくりと顔を近づけた。
草薙は少し戸惑ったように眉を下げたが、切なげに瞳を潤ませ、素直に瞼を閉じた。その長い睫毛を震わせる初々しさと、自分に委ねてくれる健気さが愛おしいと思った。
(好きだよ)
その気持ちを、ありったけ自分の唇に乗せ、そうっと触れるだけの短いキスをした。唇を離すと、そのまま彼の顔を自分の肩に引き寄せた。本当は彼がどんな表情をしているか見たかったが、シャイな草薙のこと、きっと耳まで赤くして恥ずかしがり俯いてしまうだろう。それならいっそ、自分の腕の中に抱き留めていたい。草薙の手が自分の背中に回され、シャツをきゅっと握りしめる感触が伝わってきた。早鐘のような鼓動を感じる。草薙の匂いを胸一杯に吸い込み、その耳に小さく音を立ててキスを落とした。
「菫、」
ずっと呼びたかったその名前を口にし、柏木は自分の頬にも熱が集まるのを感じた。
「俺と付き合ってくれる……?」
草薙は無言のまま、柏木の腕の中で何度かコクコクと頷いた。
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