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第14話 初めての彼氏【草薙】
吹奏楽コンクール県大会は、草薙にとって、ジェットコースターのような怒涛の一日だった。
間違いなく今の自分たちにできる最高の演奏をした。自分たちらしく楽しむこともできた。ぶつかり合いも辞さない真剣な議論と練習を経てステージに立つのは、最高に痺れる体験だった。結果として全国大会出場権も獲得した。感極まって泣きじゃくる自分を柏木が優しく褒めてくれ、その逞しい胸に強く抱き締めてくれた。
柏木にいつか自分の気持ちを伝えられたらと思ってはいたが、勇気がなかった。しかしこの日の感動や興奮が、大胆な行動を草薙に取らせた。熱に浮かされたとは言え、ハッキリ告白した自分に草薙自身が驚いた。
でも、もっと驚いたのは、柏木も「俺も草薙が好きだ」「付き合って欲しい」と言ってくれたことだった。柏木が、好きな相手にあんなに熱っぽい眼差しで、あんなに甘い声で囁きかけるなんて知らなかった。
そして……。
草薙は、自分のファーストキスを思い出していた。
柏木のキスは、優しかった。ごく短い時間、軽く唇同士が触れただけだったけれど、彼が自分を愛おしく大切に想ってくれていることが言葉以上に雄弁に伝わってきた。
頬に感じた彼の息遣いや、柔らかくて温かくて少し湿った唇の感触。好きな人の肉体を、一番身近に、生々しく感じた瞬間だった。
翌日、人気の無い昼休みの校舎の屋上で、親友の竹下に昨夜の出来事を打ち明けた。
「昨日、打上げの途中で、圭先輩と僕、居なかったの気付いてた?」
「ああ、うん。途中、居なかったよな」
コーヒー牛乳を飲みながら、竹下はさり気なく答えた。
「圭先輩に、僕、好きですって言ったんだ」
「……へえ。菫、思い切ったな」
竹下は、軽く驚いたように目を見開いた。
「そしたら、先輩も、僕のこと好きだって。桜井とは少し前に別れたって。付き合って欲しいって言われた」
竹下はストローを口から外し、口をあんぐり大きく開けて驚いた。
「そうだったのか……! そう言えば、最近、桜井のやつ、圭先輩とイチャ付かないなーと思ったよ! ……それにユニフォームまでくれたりさ。圭先輩と菫は、単なる同じ楽器の先輩後輩にしては距離が近いと思ってたんだよ。『超絶、面倒見が良い人?』とも疑ったけど、やっぱ、そういうことだなー」
竹下は一人納得したような顔でウンウンと頷き、再びコーヒー牛乳を口に含んだ。
「それでね……。一瞬だけど、僕、先輩とキスしちゃった」
「ブフォッ!」
竹下は盛大にコーヒー牛乳を噴いた。
「お、おま……、一年以上片想いしてた奴が、告白して両想いになった途端、その場でチューって……どーゆー事だよ?! スピード感がおかしいだろ!」
「そ、そりゃ、僕も、ちょっと早いかな? とは思ったけど! ずっと好きだった人から、あんな色っぽく迫られたら、堪らないよ……」
草薙は、頬と眦を赤く染め、微妙に口を尖らせ、長い睫毛を伏せながら言い訳した。
「圭先輩、さすがだな〜……。で、どうだった? やっぱ、うまいの?」
竹下は、一夜で変貌を遂げた親友の横顔を、まじまじと眺めた。こいつ、こんな色っぽい表情する奴だったっけ?
「うーん、キス自体は一瞬だった。けど短い時間でも、気持ちって伝わるものなんだね……。あと前後の流れがすごくスマートだった。僕、キスした後、恥ずかしくて絶対先輩の顔なんて見れないって思ったんだけど。唇が離れたらそのまま抱き締めてくれたんだ。落ち着くまで、しばらく先輩にしがみついて甘えてた」
ウフウフと惚気る草薙を眺め、
「……まあ、何はともあれ、うまくいったみたいで良かったよ。しかし、お前、アレだ。その伸びた鼻の下は何とかしろ。ダダ漏れだぞ?」
お花畑に旅立ちそうな親友に、一応軽く注意した。
(いやー、百戦錬磨の圭先輩にかかっちゃ、うぶな菫はイチコロだなぁ。赤子の手を捻るようなもんだろ。こりゃあ菫が処女を失う日も近いな……。って、うん? 処女じゃなくて童貞?? まぁどっちでもいいや。いずれにせよアレだ、赤飯の用意はしておこう)
若干の勘違いはあれど、竹下は親友の初恋が実ったことを喜んだ。
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