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第15話 ときめきと不安と【草薙】
吹奏楽コンクール全国大会が終わり、柏木たち三年生はブラスバンド部から引退した。
全国大会では強豪校の厚い壁に阻まれ、上位入賞はならなかったが、このメンバーで最高の演奏ができたと部員たちの表情は一様に晴れやかだった。
「色々課題も浮き彫りになったという意味で、収穫も多いと思うんだ。来年も頑張ってくれ」
柏木が、タクトをバトン替わりに後任指揮者の二年生・麻生に手渡し、がっちりと固く握手した。部員一同から期せずして拍手が起こった。
青陵高校ブラスバンド部は、草薙たち二年生を筆頭とした新体制で始動した。もう秋が始まりつつあった。
「ふ……ん、んっ……」
人気のない昼休みのブラスバンド部室で、柏木と草薙は唇を重ねていた。同じくらいの高身長に長い手足、しなやかそうな筋肉を纏った身体、タイプは違えど美形の二人が抱き合って唇を寄せる姿は、密やかに育んでいる関係を表すかのように、あまりに静かで美しかった。
つい最近、軽く触れるだけのファーストキスを経験したばかりのうぶな草薙を、柏木は甘く優しく、そして巧みにリードする。
上唇を、そして下唇を、順番に下から掬い上げるように優しく口付け、軽く吸ったり食んだり。あまりの気持ちよさに、うっとりした草薙の口が緩むと、隙間から舌を差し込む。草薙が驚いて自分の舌を引っ込めると、柏木は、その口内を優しく舐め「出ておいで」と誘い掛ける。草薙が、おずおずと自分の舌を差し出すとゆっくりと絡める。静かな部室に、ぴちゃぴちゃと水音が響く。
純情な草薙は、キスだけでこんなに色々な快感があるのかと、開き始めた未知の世界の扉に胸がときめきっぱなしである。
少し大人のキスに慣れてきたとみるや、柏木は顔を傾けて角度を変えて口付けながら、指先で草薙の背中を撫で上げた。ぞくぞくとした快感が背中を駆け上る。
「あ、あんっ」
少し鼻にかかった甘えるような声で、女の子のような嬌声をあげた自分に、草薙は赤面した。
「ふふ……、菫は、背中が感じやすいんだよな。素直に気持ち良いって身体中で教えてくれて嬉しい。可愛いよ」
柏木は目を細めて嬉しそうに笑い、草薙の頬に音を立ててキスを一つ落とした。柏木にとっては、ためらい恥じらいながらも、少しずつ心と身体を自分に開いてくれる草薙の初々しさが可愛くて堪らない。固い花の蕾が春風に温められて綻びていくように、まだ大人の世界の入り口を覗き始めたばかりの草薙を大切にし、徐々に仲を深めていければと考えていた。
一方の草薙は、柏木の元カレ・桜井の存在が時折脳裏をよぎっていた。一度、偶然見かけてしまった二人の抱擁は、自分とのそれよりも遥かに激しかったからだ。経験不足の自分に対して秘かに引け目を感じ焦っていた。
(こんな子どもっぽい僕を、圭先輩は、どう思ってるんだろ……。
いつも優しく「今のままの菫でいいよ、素直で純粋なところが好きだ」って言ってくれるけど、あんなにテクニシャンってことは、きっと相当経験豊富だよね……?こんな付き合いで物足りなくないのかなぁ……。
……それとも、もしかして僕に魅力がないとか???)
部活の前に音楽室で、二人の仲を知る竹下と、腹ごしらえにパンを頬張る。
「どうした、菫。圭先輩と喧嘩でもしたか?元気ないぞ」
イチゴ牛乳を片手に、竹下は声を掛けた。
「僕って魅力ないのかなぁ」
浮かない顔で草薙が言うと、竹下は更に問いかけた。
「え、『色気足りない』とか言われた?」
「ううん。先輩は優しいから、そのままの菫で良いって言ってくれるんだけど。キス以上のこと求めて来ないから」
「ゴフッ!」
奥床しい親友が発した惚気と大胆発言のコンボに、竹下はイチゴ牛乳を噴いた。
「……じゃあ、菫は、もっと圭先輩と進んでもいい、進みたいって思ってるんだ」
草薙は、無言で不満げに口を尖らせている。
(こんなに愛されてるって惚気つつ、更におねだりとは……。どんだけ愛されたがりなんだよ……。『遠慮しい』だと思ってたけど、実は甘えん坊なんだな……)
ちょうどその時、柏木の元カレ桜井がトレードマークの金髪のストレートヘアを揺らして音楽室に入ってきた。桜井はからかうように片方の眉を釣り上げ、面白そうな表情を浮かべた。
「へぇ……。草薙は、まだ圭と子どもの関係なんだ? 僕は、圭にちゃんと最後まで抱いてもらってたけどね。そんなんじゃ、圭、物足りなくて、すぐ草薙に飽きちゃうんじゃない? あ、そうそう。圭はね、上手だよ。すごく」
草薙は内心気にしていた泣き所をグッサリ抉られ、言葉を失った。
「おい、失礼だろ。圭先輩の今の恋人は菫なんだからな。他人の恋愛に対して余計なこと言うなよ」
竹下は眉をしかめ、桜井の無礼な物言いに苦言を呈したが、桜井は無言で肩を竦め、サッサと音楽室を出て行った。
(圭先輩が卒業するまでには、絶対、抱いてもらうんだ……!)
草薙は一人秘かに、決意を固めた。
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