第5話 揺らぐ心【柏木】

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第5話 揺らぐ心【柏木】

「なぁ……。いいだろ?」  音楽室に隣接する小部屋、器材準備室で、柏木(かしわぎ)は背後から小柄な桜井(さくらい)を抱きすくめ、耳朶を甘噛みしながら桜井の中心に手を伸ばし、スラックスの上から柔々と揉んだ。 「う……ん、もぉ。(けい)ったら。こないだシたばっかじゃん。エッチなんだから……」  桜井が口ではそう言いながらも柏木を拒絶する風でなく、猫のような瞳は媚を含んでいるのを良いことに、そのまま彼を抱いた。  唇と舌で桜井の耳や首筋を愛撫しながら、ベルトを外し、ファスナーを下ろすと同時に、スラックスを落とし下着の中に手を忍ばせる。既に先走りが滲み始めている先端を、指先で、優しく線に沿って撫でる。  桜井は濡れた眼で柏木を見つめ、甘い溜め息をつき始めた。  その茎が太さと硬さを増し、動物が首をもたげるように立ち上がり始めると、掌全体を使って握って、ゆっくり上下にスライドさせ、握る力を徐々に強める。先端から次々に湧き出る液体が柏木の手を濡らす。滑りが良くなったせいで一気に快感が加速する。桜井は、目を細めて官能的な表情を浮かべ、身体を捩って背後の柏木を振り返り、キスをねだった。柏木が荒々しく口付けると、ねっとりと舌を絡め柏木の口内を愛撫する。上顎の内側が柏木の性感帯だと熟知している桜井は、そこを積極的に攻めてくる。呼吸を荒くし、感じている柏木の姿に、嬉しそうな笑みを浮かべた。 「ねぇ。そろそろ後ろも触って」  白桃のような双丘を差し出した。柏木は頷くと、床に広げていた自分のトロンボーンケースから一本のボトルを取り出し、液体を掌に取った。双丘の間に手を差し入れ、優しくそこを解していく。 「(たすく)のここ、もうヒクヒクし始めてる。可愛いよ」  柏木は普段より少し低い声で、桜井の耳元に囁きかけた。蕾が開いてきたのを感じ取ると、一本、また一本と内部に入れる指を増やしつつ肉壁にも快感を与える。柏木の指が良いところを掠めるたび、切なげに桜井は喘いだ。艶めかしい声と姿態に刺激され、柏木は、自身の中心に熱が集まり、スラックスの前が窮屈になるのを感じた。  桜井が、はぁはぁと息をつきながら振り返った。 「……今度は、僕がしてあげる」  柏木は蕾の中から指を引き抜いた。その指先が入り口を掠めた瞬間、桜井は眉をひそめ、快感に身を捩らせた。  桜井は上目遣いで、柏木を見つめながら跪いた。 「ふふっ、もうこんなにおっきくなってる」 「佑がエロいから。見てるだけで興奮しちゃった」 柏木の言い訳に満足げに微笑みながら、柏木のスラックスを下ろし、下着をずらして、先端にチュッと口付けた。柏木がもどかしげに呻くと、鈴口に舌を這わせる。裏筋を下からゆっくり舐め上げて、ようやく口の中に収まると、 「ん……、あぁっ……」  柏木は、少し鼻にかかった声で、色っぽく喘いだ。しばらく口淫で柏木自身に快感を与えた後、桜井は手慣れた様子でゴムをかぶせ、壁に手をついて背中を向け、しなやかなシャム猫のように、自分の腰を突き出した。  柏木は指先で桜井の顎を捕らえ、振り向かせて唇を奪ってから、その双丘に自分自身を埋めた。徐々に深く穿ち、時折、中を掻き混ぜるように動くと、桜井が切なげに喘ぐ。桜井の良いところを、当然柏木は知っているが、桜井が催促するまで、そこにはたまに掠める程度にして焦らす。 「ねぇ……、圭……。もっと奥にちょうだい……」 桜井が甘い声でねだると、逞しい下半身に力を込めて、柏木は強く打ち付けた。その衝撃で桜井の真っ直ぐな金髪が揺れ、嬌声が一段と高くなった。数回奥を突くと、二人はほぼ同時に達した。  桜井の身体を拭いてやり服を直し、足腰がガクガクになってしまった彼を膝に抱きかかえ、柏木は床に座り込んだ。 「圭のトロンボーンケースって、ホント色んなもの入ってるよねぇ。ローションとかゴムとか、ウェットティッシュとか。どんだけエロいことばっかり考えてるの」 「いいだろ? 大型楽器は、いっぱいしまう場所あるからな。トランペットだと、こうは行かない」 「ふふ……、バカ」  桜井が、しどけなく柏木の肩に凭れ、その逞しい胸を自分の掌で撫でさすっている。一方、柏木は、自分のやり場のない気持ちを誤魔化し、八つ当たりのように桜井にその若い欲望をぶつけてしまったことに自己嫌悪しながら、あるクラスメートとのやり取りを思い出していた。 「なぁ、柏木。ブラスバンドの一年生に、スミレって可愛い子居るよな?」  男女ほぼ見境なしと噂される遊び人の男子が、馴れ馴れしく柏木の肩に手を回して、話しかけて来た。 「スミレ? ……ああ、草薙(くさなぎ)のことか。確かにうちの部員だけど、彼がどうかしたのか?」  柏木は、それほど親しくない彼から、大事な後輩をファーストネームで呼び捨てにされた上、『可愛い子』などと言われ、警戒して質問で返した。 「あの子、今、彼氏いる? て言うか、オトコと付き合うのOKそう?」  ニヤニヤ聞いて来た彼に、柏木は瞬間的にブチ切れて殴り付けたい衝動に駆られたが、平静を装って答えた。 「……彼は、俺と同じ楽器だから、毎日ずっと一緒に練習してるけど、恋愛対象が男だって話は、本人からも周りからも聞いたことないし、そういう風に感じたこともないよ」  柏木の取りつく島もない返答に、そのクラスメートは大袈裟に嘆息した。 「なぁんだ、ノーマルかぁ。あんなに可愛いのに勿体ない。あの子、なんか頼りなげで抱き締めてあげたくなるんだよな~。フワフワの茶髪とか目がくりっとしたとこ、トイプードルみたいじゃん? 『トイプーちゃん』とかあだ名付けて『可愛い一年生が入ってきた』って騒いでる奴、けっこう学内にいるんだぜ。あ~スミレちゃんの巻き毛、撫でてぇ〜。なぁ、柏木は、あの子の髪とか身体とか触ったことある? どんな感じ?」  どんどん表情を険しくする柏木に、彼は、気まずそうな顔になった。 「あ、ごめん。柏木は、そういう奴じゃないもんな」  彼はよく分からない言い訳を残して、その場を立ち去った。  柏木の胸は、ざわついた。抜きんでた容姿が近隣の女子校にまで知られていた柏木には、中等部の頃から彼女になりたがる女子が常に順番待ちをしていたほどで、恋人が途切れたことがない。ここ一年ほどは、真摯なアプローチに絆されてブラスバンドの一年後輩である桜井と付き合っているが、同性と付き合うのはこれが初めてだし、他の同性に心を惹かれたことはなかった。  草薙のほっそりした身体や、子どものように滑らかな肌に、これまであまり意識せず触れていた。  彼を可愛いとは思う。ただ、それはあくまで弟に対して抱くような温かい気持ちであり、決して性的なものではないと柏木は思っていた。  その草薙を性的な目で見て、積極的に手を伸ばそうとしている男がいる。そのことに焦りや不安を感じているのは、決して独占欲や嫉妬ではなく、自分を慕ってくれる可愛い後輩を守ってあげたいからだ。柏木は自分にそう言い聞かせていた。
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