めっちゃ彼方からの手紙。

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 俺がオカンの異世界転移を知ったのは、明日から春休み、2週間ほどで高校生というある日の事。夕方になっても戻って来ないオカンが何かメモでも残してないかと台所に行った時の事だった。  いつもオカンが出かけて遅くなるとかどこそこに行っているなどと言うのは、メモで台所の冷蔵庫の扉にマグネットで貼り付けてあるかテーブルの上に乗っている事が多い。  冷蔵庫の扉には何もなくテーブルを見た時、置きっぱなしの財布と、いつもの100均で買ってきた茶色っぽい色のメモ用紙ではなく、小奇麗な封筒で「ヨシくんへ」と書いた封筒を見つけた。  俺は椅子に座り、封を開けた。ちなみに義雄が俺の名前である。 『ヨシくんへ あんなあ、お母さん何か知らんねんけど、買い物いこ思て玄関に行ってな、財布忘れたと思て取りに戻ろうとしたらつまづいてん。そしたらな、家じゃなくて異世界におってん。』 「……は? 純子何いっとんねん。ボケるには早いで」  俺は手紙の出だしを読んで突っ込んだ。  母・純子は38歳である。 『周りめっちゃ外国人ばっかで何が何やら分からへんかったんやけどな、何やシュッとしてはるえらいイケメンのお兄ちゃんたちがいてな、【貴女は聖女として召喚されました】とか頭沸いた事言ってなあ。救急車呼んだろかと思ったけど電話もないしな。んでよくよく聞いたらな、ホンマやってん。 アンタがいつもラノビやらネット小説でどうとか言ってたやろ? 作り事やと思ってたけどホンマにあんねんなあ。お母さんびっくりしたわ』 「だからラノベやっちゅうねん」 『大体何で38のおばちゃん呼んでんやって話やねんけどな、現れた魔王と一番対等に戦える力がある人間が優先的に召喚されるんやて。お母さんそんな力あったんや、とかちょっと不思議やったけど、その魔王倒さないと帰れないんやて。もう誘拐やんなあ。アンケート答えたらヤクルトくれる言うから入った一室で高級羽毛布団売られそうになる位の拉致っぷりやで。絶対買わんけどな。 でまあそのシュッとしたイケメンさんたちがな、 「そんなお年にはとても見えません。精々20代前半かと」 とか驚いて、手を握って一緒に私たちと魔王を倒しましょう! とか言われて、ちょっとときめいてまってん。あ、ほんのちょっとやで。お母さんにはお父さんがいるからな。いつ台湾から帰ってくるんか分からんけど』 「オカン、いい加減香港と台湾の区別つけえや」 俺のオトンは仕事で香港に単身赴任中である。 『まあときめくときめかないはおいとくとしてもな、どっちにしろ魔王とか言うのを倒さないとお母さん帰れへんやん? だからちゃちゃっと片して帰る事にしてん。  それに大ニュースやけどな、こっちの世界、たこ焼きないねん。ありえへんやろ? お母さんたこ焼きのない生活とかもう考えられへんわ。うどんもないし、あ、あとテレビもないねんで。無理やわ毎週土曜日は吉原新喜劇見る決めてんのにこんなとこで長居してる場合ちゃうわ。  だからなるべく早めに帰るつもりではおるんやけどな、魔王が居る城までスムーズにいっても3日かかるんやて。だからまあ往復で最低1週間位は戻れんと思うねん。ヨシくん春休みで良かったわあ。  そんでな、いきなり来たから子供が心配するうって騒いで、手紙と小さなもののやり取りは出来るようにしてもらってん。一番詳細にイメージ出来る所は言われてお母さん台所のテーブルしか思い浮かばんで、そこにしたんよ。ヨシくんの手紙も置いておいてくれればこっち届くからな。  で、テーブルに置いてあるお母さんの財布に生活費が2万ぐらい入ってると思うから、そっからお弁当やら何やら買うて食べて待っとってくれる? あ、必ずレシートは貰うんやで。お母さん家計簿つけられへんしな。それじゃ留守の間は頼むで! あ、吉原新喜劇は録画しとってな。 追伸:100均でアメちゃん多めに買って台所のテーブル乗せといて欲しいねん。あとそれを入れる袋もついでに。なんか褒められるとアメちゃん渡さんとあかん気持ちになってモゾモゾするんよ。 あとなー、お母さん治癒魔法っちゅうの使えんねんて! 戻った時も使えるならお父さんの頭に使ってみんねんけどなあ』 「……何がアメちゃんやねん。めっちゃ腹立つわあ」  何でラノベ好きな俺じゃなくオカンが異世界飛んどんねん。  俺は悔しくて思わず手紙をぐしゃりと握り潰してしまったが、考えてみたら異世界の話をオカンから仕入れられるやん、と気づき、慌てて財布を掴むと100均に走るのだった。 『オカンへ  事情は分かった。アメちゃんは沢山買ってテーブル載せといたからな。アメ袋も。んでそっちの様子をもっと詳しく書いてくれ』  メモを書いて置いて暫く待ったがアメもメモも消える気配がない。  とりあえず買ってきた弁当食べて風呂でも入るか、と夕食を済ませて風呂から出たら既にテーブルから大量のアメもアメ袋もメモも消えていた。  人がいると魔法も発動せんのかも分からんなあと思い、それにしても楽しい春休みになったでこれは、と手を擦り合せた。 『ヨシくんへ  アメちゃん助かったわあ。ホンマありがとな。こっちの人もめっちゃ気に入ってくれてな、美味しい美味しいって懐いてくんねん。キビ団子か! ってツッコみたくなったけど、こっちでそのネタ使えへんからな。あーツッコミも出来ないのお母さん苦痛やでホンマ。 あ、そんでな、旅の途中で魔物が出てな。何やでっかいイノシシみたいなんやで。こーんな大きいねん。んで騎士さんが怪我しはってな、私が治癒で治したったらめっちゃ感謝されてなあ。  魔法か? んーとな、トイレで大きいの踏ん張るやんか? あんな感じで気張ると手のひらからわああって熱が出てキラキラって粉が降り注ぐ感じやで。お母さん凄いやろ? だけどなあ、お母さん小さな虫嫌いやんか? 森とかぎょうさんおんねん。きっしょいわホンマ。はよ魔王倒して帰りたいわあ』  大きいの踏ん張るとかファンタジー台無しやオカン。  俺はガッカリしながらも、魔王はよ、と思ってわくわくしていた。 『ヨシくんへ  ようやく魔王のいる城まで着きましたー、と。お母さんもちょっとその気になってもうて、 「私の力でこの世に平和を!」  とか言って、魔王に手を向けて気張ったらな、ばーんと吹っ飛んだんよ。でアカン! と思って近寄ったら魔王さん大怪我しはっててな。思わず治癒してもうてん。だってお母さんがやったんやで。人殺しになってまうやん。そんなん帰っても一生トラウマ案件やし。  だけど魔王さんめっちゃいい人でな、 「余に同情など不要」  とか言って治癒を断ろうとするからバーンと説教したったわ。 「同情ちゃうで。人が怪我したら助けるもんやねん。アンタかて本当は人間を苦しめるのとか楽しないやろ? 人間笑ってる方が人生楽しいやんか」  ってな。まー自分でやっといて何言うとんねんとか思ったけど、魔王さん何か喜んではってな。 「これからは危害を加えるのを止めて楽しんで生きる」  って言うし、止めをささねば、ちゅうお仲間さんたち説得してなあ。大変やってん。  んでまあこの国平和になったっぽいねんけどな、困った事があってん。  魔王さんがな、私のたこ焼きの話にえらい食いついて来てなあ。余も是非食してみたい言うもんでああ来てえなウチのたこ焼き美味いねんで! とか調子に乗って盛り上がってたらな、召喚士さんが帰してくれる時に一緒についてくる言うとるから、悪いけどたこ焼きパーティーの準備頼むわ。今夜戻る』 「は? 何魔王呼んどんねんアホか」  俺は呆れて手紙をテーブルに叩きつけたが、いや魔王を見たい気持ちもあるし、とモヤモヤしつつ、また財布を掴んでスーパーに走るのだった。 「余が魔王である」  オカンが戻って来て、せっせとキャベツを刻んだりしてタコパの準備をしている。  俺は、身長2メートル近くはあろうかというマッチョな銀髪ロン毛のお兄さんを目の前に、 「息子の義雄です」  などと挨拶をしていた。  角はないし、見た目どうみても海外のプロレスラーである。ガッカリしたようなホッとしたような微妙な気持ちである。何でそんなムッキムキなのか聞いたら、やることがなかったから運動していたと言う。意外と普通の人である。  ドラキュラかというマントを着て現れたので、邪魔だろうと俺のトレーナーの上下を貸したらぱっつぱつになったが、足が膝近くまで出ているのは俺の心を若干傷つけた。 「さあタコパやるでえ! ようやくたこ焼き食べられるわあ。  お母さんストレスで死ぬかと思ったで」  陽気に声を上げたオカンがたこ焼き器に液を注いでせっせと作り始めた。  出来たたこ焼きを魔王に渡して、 「ソースと青のりだけでもええねんけどな、マヨをちょっとかけるといい感じなんよ」  などと勧めた。 「……っつ」 「あー魔王さんアカンねん、一気に口に入れると火傷するからフーフーしてちょっとずつな」  俺も気がつけば近所のオイチャン相手の感覚で魔王に話しかけていた。 「……確かに美味い」  言われたようにゆっくりと食べ、頷いた魔王にオカンが笑った。 「せやろ? 日本は何でも美味いけどな、やっぱりたこ焼きやねん」  オカンも美味しそうに頬張り、これやこれ、などとビールを飲んでいる。  俺も久しぶりのオカンのたこ焼きに満足しながら、 「ところで魔王さん、どうやって帰るん?」  と聞いた。春休みの間に俺も遊びに行きたいもんだと思ったからだ。 「……さあ。付いてきただけなので帰り方が分からん」 「オカン、魔王さん迷子やないか! どうすんねんもう」 「やだ1人で帰れへんの? 困るわなあそれは。ま、とりあえず帰り方が見つかるまでウチにおればええけど、バイト位はしてくれんと生活費圧迫するもんなあヨシくん」  いやそこじゃないと思ったが、まあバイトはしてもらわないとアカンな、と魔王を見た。 「魔王さんはここではただの無職の一般人やからね、仕事してお金稼いでな?  あとプライドもあるとは思うけどな、偉そうな態度取ったらアカンで。腰低くしてへんとバイトなんてすぐ首になるからな」 「分かった」  といっても魔王さんは身分証明書もないので、その後オカンの友だち夫婦がやっている居酒屋で『海外武者修行中のプロレスラー・マオさん』としてバイトを始めた。  そして1年経った今も、帰る方法は見つかっていない。   
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