悪夢が来りて雨の中

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   降りしきる雨の中、脇路(わきみち)から駆けて来たびしょ濡れの健一が、車が行き交う3車線の大通りの前で立ち止まった。  通り沿いの地下鉄の階段に向かおうとした健一の眼に、道路脇に止まったタクシーに乗り込もうとする美沙の姿が映った。間に合った !  健一は叫んだ ! 「美沙 !!」    美沙は気が付いてタクシーに乗り込む動きを止めた。  美沙が雨の中、微笑んでいる。  健一はホッとして駆け寄った。そして、思いっきり抱きしめようとした時、美沙の口が開いた。 「健一さん、何で傘を差して来ないのよ ! 私が買ってやったジャージがビショビショじゃないの ! しょうがないわね、此れを使いなさい」  美沙は自分の傘を差して健一に渡した。    傘が雨を遮って、バチャバチャと音が響いた。 「美沙 !」  健一が言おうとする言葉を遮る様に美沙が言った。 「健一さん来るのが遅かったわね、私、待ち草臥れちゃって、知っている人に連絡しちゃった、そしたら直ぐに来なさいって言ってくれたのよ。…… 急がないと新幹線に乗り遅れちゃうから行くわね、健一さんチャンと傘を差して帰りなさいよ、じゃーね」  美沙はタクシーに乗り込む時に、微笑みを健一に返した。    あまりにも呆気なかった。  降りしきる雨の中、車が行き交う大通り、並ぶビルのネオンが燻る空間を、美沙の乗ったタクシーが滑るように消えて行った。    歩道で傘を差して呆然と立ち竦む健一に、容赦なく、槍のような雨が降り注いでいる。  ー すべてが消えた … すべてが終わった …… ー    土砂降りの道路、傘を差した健一は夢遊病者の様に歩き始めた。
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