涙の策略

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涙の策略

   健一は鍵の掛かっていないドアを開け、ビショビショの緑のジャージ姿のまま、リビングに駆け込んだ。  疲れ切った体をソファに投げ出した。柔らかいソファが、ジャージにしみ込んだ水でビショビショに濡れた。  健一は、ソファに顔を押し付けた。    美沙の香ばしい匂いが漂っていた。  美沙はもう帰って来ない、未練がましい気持ちは捨てなければ、思い出を忘れなければ ………    ソファに這いつくばる健一に、床に転がっているクーラーボックスの姿が眼に入った、空腹で在るはずなのに食欲は、全く湧いて来なかった。    そして健一に、床に逆さまに開いて立っている貯金通帳が眼に入った。  ー えっ ? 貯金通帳 ? ー  健一は不審顔で手に取った。    美沙が健一の顔を叩いた物は、小型のノートかと思っていたが、貯金通帳だった。  口座の名義人の名前が目に入った。  ー 海 原 健 一 (かいはらけんいち) ー  名義人は健一の名前だった。    美沙は健一が渡す月々15万円を、遣り繰りして余ったお金を貯金していた ? しかも健一の名義で ? それは無いと思った …?    健一は怪訝の顔で、通帳を開いた。  飛び込んで来た数字は20000円、月末に毎月、決まった様に振り込まれていた。  美沙は毎月2万円も …… ! えっ、えっ?!  健一は更に驚いた !    そんな事は在り得ない ! 健一は眼を疑った ?    貯金額は毎月20000円では無かった、200000円だった。    これは如何いう事なんだ ?! 毎月20万円って ? 一体これは !?  美沙は健一の渡している15万円を、1円も生活費に使っていない 。  それどころか、美沙は健一の15万円に5万円足して貯金をしていた、しかも、健一の名義で ……… ?     健一は気づき始めた、 美沙に対して飛んでもない誤解をしていた 事に。  健一は6畳の和室に、慌てて駆け込んだ。  
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