第一章 あなたのオモチャではありません。

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振り返ると、竜飛さんが小さな木馬を手にしている。 「それ、何ですか?」 「プレゼント。直せなかったおもちゃの分、  桜介に何かあげられないかと思ってさ」 「いつの間に作っていたんですか?」 そう言えば、ここのところ毎日、一番最後まで工房に残っているようだった竜飛さん。切れ長の目の下にはうっすらと青白い隈が出来ていて、疲れているように見えた。 竜飛さんは愛おしそうに艶やかな透明のニスが縫られた木馬の首に青いリボンをかけている。木馬に近寄った私は木馬の胴体に何か文字が書いてあることに気が付いた。《for my friend》と不器用な形ながらも彫られている。竜飛さんは口元を緩めながら文字を撫ぜた。 「桜介が帰り際に言ってくれたんだ。  僕たちはもう友達だからって。また絶対、  遊びに行くって約束もした。それを思い出してさ」 竜飛さんとリビングでスクーターに乗り、 楽しそうに遊んでいた桜介君を思い出す。 帰り際、そんな話をしていたんだね。 幼子を慈しむような優しいその表情。 竜飛さん、こんな顔もするんだ。 その横顔に胸がトクリと音を立てる。 「友達からの贈り物なら、きっと桜介も  壊したりはしないだろうからな」 「そうだと、いいですね」 しんみりとして言うと、竜飛さんは 明るい口調で言った。 「さ、行くか!」 木馬を取り上げた竜飛さんに 私はずっと気になっていた疑問をぶつけた。 「どうして桜介君はこんなにたくさんのおもちゃを  壊したりなんかしたのでしょうね?」 竜飛さんはワゴンの中に静かにその木馬を置くと、 その背中を優しく撫ぜた。 「おもちゃを買い与えるばかりでいつも不在の父ちゃん、おもちゃを与えるばかりで、趣味ばかりに熱中する母ちゃん。誰だって寂しくなる、構って欲しくなる。そんな時、側にいてくれるのがおもちゃだけだったとしたらどうだ?楽しい時も苦しい時も全部、目の前のおもちゃに感情をぶつけるしかない」 「それで、おもちゃにあたって…」 竜飛さんはワゴンのトランクをパタンと閉めた。  
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