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竜飛さんはこの春から採用された。
ひと月前の春の夜更け。
筋肉隆々で体を鍛えるのが大好きなおじいちゃんが行きつけの飲み屋の前で泥酔して倒れていた彼を自宅まで背負って連れて来た。
おじいちゃんだってその日は酔っていたから、彼に水を飲ませて介抱し、布団に寝かせたのは私だ。おまけに竜飛さんはその日、高熱を出していた。高熱なのに何故この人はこんなに飲んだのだろうと思いながらも元気になるまではと面倒を見た。
ところが、その日以来、竜飛さんは家に居ついてしまった。聞けば、一緒に住んでいた知り合いと喧嘩して追い出され路頭に迷っているという。じゃあ、ご実家とか帰るところは、と聞く私に竜飛さんは一言、
「ここに住みたい」
とのたまった。
素性を明かさない人を住まわせるわけにはいきません、と返すと、おじいちゃんが口を挟んだ。
おじいちゃんは竜飛さんの手を取り、
しげしげと見つめて満足そうに頷いた。
「君は指先が長い。モノを扱うには、いい手だ」
おじいちゃんを見つめる竜飛さんの瞳が
わずかに潤んだような気がした。
「いいじゃないか、理乃。
どうやら困っているようだし、
困っている時はお互い様だ。
それに、オンボロな一軒家だが、
ここに住みたいと思ってくれるなんて、
有難いじゃないか」
おじいちゃんは再び私に向き直り、
ふんわりと笑った。
唐突にお母さんの事を思い出した。
私のお母さんは私が七歳の時に出て行った。
おじいちゃんとお父さんと一人娘だった私を
ポイっと捨てて、ある日何処かへ行ってしまった。
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