第一章 あなたのオモチャではありません。

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警察に捜索願いを出したけれど見つからなかった。 書き置きは無く、片方だけ走り書きの様に書かれた母の名と判子の押された離婚届があった。今となってはお母さんが生きているのか死んでいるのかさえわからない。わかっているのはお母さんはここに住みたくなかったという事実だ。 お父さんはお母さんと高校の時に知り合い、高二の冬に私を産んだ。お母さんは高校を辞め、お父さんはおじいちゃんが当時働いていた町工場に就職し、二人はやがて結婚した。 だけど、私が産まれてからのお母さんは少しずつ変わっていった。育児に疲れ、工場の休憩所におにぎりとお菓子を詰めたリュックとまだ二歳の私を置きざりにしてどこかへ遊びに行っては遅くまで帰って来ない人だった。お母さんは綺麗で色香のある人で、派手で新しいものが好きで、飽きっぽかった。私はお母さんの機嫌を損ねないようにいつも振る舞っているような子だった。 四歳の時、保育園の友達が乗っていたある玩具メーカーの新しいスケーターが欲しいと誕生日にねだった。お母さんはおもちゃなんていずれ飽きて遊ばなくなるんだから、あるので遊びなさい、と買ってもらえず、ゴミ捨て場に捨てられていた左のハンドルが変に曲がったアニメキャラのスクーターのおもちゃを拾って来てこれで十分よと与えられた。 おじいちゃんはそのまま乗ろうとしていた私にそれじゃ危ないなぁと工具を持ち出し、曲がっていたハンドルをじっくりと調べて、新しいものを作って取り付けてくれた。白と赤の小花柄に塗られた手作りのハンドルだ。嬉しくて、私は一日中それを乗り回して工場の敷地内で日が暮れるまで遊んでいた。
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