第一章 あなたのオモチャではありません。

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今でも母の想い出が残るのはガレージの片隅に透明なビニールをかけられてオブジェのように置かれているその花柄のハンドルのスクーターのおもちゃだけだ。古びていてもそれだけはどうしても捨てられずにいる。 人の好いおじいちゃんは、結局、竜飛さんのこれからを見捨てられなかったんだと思う。ちょうどお父さんが修復の腕を見込まれて長崎の離島にある古い教会の修復を依頼されて単身赴任中で、物置部屋になっていた他の部屋が片付くまでお父さんの部屋を竜飛さんが使う事になった。彼は求職中でもあって、おじいちゃんがやってみないかと工房に誘った。 おじいちゃんはここの設立者で会長でもある。 孫である私が彼の三ヶ月の研修期間の指導役として、物心ついた時から興味があっておじいちゃんから伝授されてきた身の回りの小物類のリペア技術を竜飛さんに教えている。 けれど、この竜飛さん、 人並み外れたイケメンな上に、  人並み外れた色欲の持ち主で、女好き。 仕事ばかりで恋にご無沙汰な私は そんな竜飛さんの過度な接近にペースを乱され、 ことあるごとにぶつかりあっている。 ここだけの話、竜飛さんといると落ち着かない。 竜飛さんのやりたい放題な態度に 心はイライラしっぱなしなのに、 身体は火照ったように熱くなるから困る。 「すみませんー、誰か、いますかー?」 頭を抱えた私に間延びしたような声が聞こえた。店の方に客が来たようだ。邪魔が入ったと側で小さな舌打ちが聞こえたけれど、聞いてないふりをして応対に出た。
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