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木嶋と柳瀬が付き合ったことは、長谷川以外のクラスメイトは知らなかった。同級生の前でお付き合い宣言をするのは、二人の性分ではない。言う必要がないから言わなかっただけだ。
クラス内に新しいカップルが誕生したにもかかわらず、誰一人としてそれに気づかないのは、木嶋と柳瀬が関係性をひた隠しにしていたからか。それとも、元凶の長谷川が余計なことを言わなかったからか。それとも。
木嶋と柳瀬は、クラスの中では相変わらずだった。二人は、仲がいい男女という立ち位置にいた。付き合って初めて木嶋が柳瀬を駅まで送ったあの日以来、二人はお互いを名前で呼び合っていない。改めて恋人同士であると認識したうえで、下の名前を呼ぶとなると、あの夕暮れの時以上の恥ずかしさが湧き上がってきたのだ。
だから、木嶋は彼女を「柳瀬」と呼ぶし、柳瀬は彼氏を「木嶋くん」と呼ぶ。普段と変わらない呼び方だった。そうであるから、クラスメイトは二人が付き合っているなどと気づくはずがない。長谷川でさえも、時折木嶋に向かって「お前らって付き合ってるんだよな?」と確認を取ってしまう。それくらい、木嶋と柳瀬の態度は変わっていなかった。
木嶋は誰にだって丁寧に接する。優しすぎるあまり、勘違いを起こしてしまう女子生徒が現れるくらいだった。柳瀬が彼女になってからも、他の子との対応の区別を図らなかったから、木嶋は女子の間では人気があった。優しくて、運動部に所属していて、成績も上の方にいる男子に、注目が集まらないわけがない。
「ねー、木嶋くん」
授業と授業の合間に、女子たちがよく木嶋の机の周りに集まるようになった。
「次の英語の長文、どこまでできた? 私、当たりそうだから、よかったら見せてくれない?」
「俺もそこまでうまく訳せなかったよ」
「なら、お互い確認し合おうよ」
女子たちはさりげなく、木嶋のパーソナルスペースに足を踏み入れる。それに嫌な顔一つ見せず、木嶋は英語のノートを取り出すと、女子たちと次の授業の範囲を見直した。
その間、木嶋の肩に、手に、クラスメイトが触れる。木嶋は何の感情も抱かない。だが、女子たちは触れ合う度にキャーキャー言った。一日に最低一度は見る光景だった。
彼女以外からの贈り物も、木嶋は断ることなく受け取っていた。お菓子作りが得意だという女子が、クラスメイト全員に焼き菓子を持ってきたことがあった。一つ一つ丁寧にラッピングされていたが、木嶋のモノだけ豪勢なリボンが添えられていた。
「ああ、気にしないで。一人だけちょっと多くなっただけだから」
女子はそう言ったものの、明らかに好意丸出しの態度に、この人は木嶋翔太のことが好きなのだ、と勘づいていた。鈍いのは木嶋だけだった。
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