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その日の帰り道、柳瀬をいつも通り駅まで送っている途中に、彼女がつまらなさそうに呟いた。
「木嶋くんのお菓子だけ、特別製って感じがするよね」
言葉に含まれた真意に気付くことができなかった木嶋は、ただ笑っていた。
「そうかな。一人だけ多くなったって言ってたし、俺が貰ったのはただの偶然だよ」
「……本気でそう思ってるの?」
唇をつんと突き出して柳瀬が言った。物事が面白くない方向に進んだときに現れる、彼女の小さい頃からの癖だった。
「柳瀬、怒ってる」
「怒ってませーん」
「嘘だ。口、尖がってんじゃん。それ、小学校の時からの癖って気づいてる?」
「えっ!?」
慌てて柳瀬は手で口を覆った。その姿を見て木嶋は、可愛いな、と感じた。
「あのさ、木嶋くん。私、木嶋くんが他の子に優しくしちゃうの、ちょっと嫌なんだよね」
柳瀬が言葉を零す。嫉妬、というやつなのだろう。初めて口にされた羨望が、くすぐったく感じた。これが、巷でよく言う恋人の喧嘩の火種になるものなのか、と木嶋は思った。
「でも、邪険に扱うのは酷い奴みたいじゃん」
「そこまでしろだなんて言わないよ。ただ、付き合っている人がいるってことを、忘れないで欲しいだけ」
「ごめんね……」
悲しそうに目を伏せる柳瀬に、たった四文字の言葉を投げてやることができない。
いつも通り、駅の雑踏に彼女が溶けていくのを見届けた後、木嶋はため息をついた。
彼女とクラスメイトの区別って、どうつければいいのだろうか。なにしろ、初めて恋人ができたのだ。こうやって、駅まで一緒に変えること以外でできることはないのだろうか。
悶々と考えていると、あっという間に夜のとばりが落ちてくる。木嶋は駆け足で家に帰った。
何度も考えたが、柳瀬の不安を取り除く最善策は思いつかなかった。長谷川に助け舟を求めると、彼も困ったように頭を掻いた。
「誰にだって優しいのが、翔太だからなぁ……」
木嶋は息を吸うように、他人に手を差し伸べる。誰かからの好意を無下にすることができず、全て受け取ってしまう。優しく都合がいい人間が、木嶋翔太という人物だった。
「せっかく作ってきてくれたものを、『要らない』なんて言いにくいんだよな。他クラスの人ならともかく、同じクラスの子だと、断って傷つけてしまったらどうしようって思って、なかなか言えないんだ」
「翔太の気持ちはわからんこともない」
長谷川は、スポーツドリンク飲料の粉を補充しながら言った。
「だが、柳瀬の気持ちもわからんこともない」
「なんだよそれ」
木嶋は制服からスポーツウェアに着替えていく。
「彼氏が他の女にいい顔してたら、面白くないだろ。自分に飽きたのかな、とか、振られるんじゃないかな、とか余計な不安を抱えるだけじゃないか」
「……そうか。でも、俺、いい顔してるつもりないんだけどな」
「それは相手がどう感じるかの問題だろ」
ぐさりと胸を刺すような意見だった。自分は彼女である柳瀬の立場になって物事を考えられていないのか、と思うと気持ちが沈んでくる。それと共に、長いため息が出てきた。
学校外のランニングコースを走っても、重苦しい気分は晴れなかった。柳瀬と他の女子への態度を明確に線引きできればいいのだが。解決策はまとまらない。彼女を傷つけたくない気持ちと、クラスメイトを傷つけたくない気持ちが、頭の中をぐるぐると回っていた。水掛け論になりそうだ。木嶋は、数えきれないくらいの息を吐いた。
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