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でも、元来、ポジティブでお節介な私は、たった一度冷たい態度を取られたくらいでへこたれたりはしない。
なんとか、以前の貴裕くんのように喋ってもらおうと、それから見かけるたびに話しかけに行った。
「貴裕くん、おはよう!
今日はお天気いいね」
「貴裕くん、こんにちは!
今日はラーメンなんだ?
私はね、Bランチにしたよ」
「あ、貴裕くん、もう帰るの?
バイバイ〜!」
けれど、貴裕くんが打ち解けてくれる様子は、全くなかった。
そんなある日、私が3階から階段を下りようとしたら、2階から上がってくる貴裕くんに会った。
「あ! 貴裕くん!」
4〜5段下にいる貴裕くんに向けて足を踏み出した私は、その日たまたま履いていたロングスカートの裾にパンプスのつま先を引っ掛けた。
「あっ!」
慌てて足を引いたものの、今度は階段の角を踵で踏んだ。
バランスを崩した私は、まるでスローモーションのように体が傾いていく。
落ちる!
そう思って必死で手を伸ばすけれど、手すりには届かない。
私がぎゅっと目を瞑った次の瞬間、ぼすっとあたたかいものに包まれ、しっかりと抱きしめられた。
「大丈夫か?」
私を抱き止めて上から覗き込んでいるのは、貴裕くん。
「うん、大丈夫。ありがと」
私は、なんとか体勢を立て直して立ち上がろうとするけれど……
「つっ……」
足首に痛みが走って、そのまま貴裕くんに寄りかかってしまった。
「ご、ごめん……」
私は痛い左足を庇って立ち上がろうとするけれど、その前に貴裕くんに無理矢理階段に座らされてしまった。
「どっち?」
低い声でぶっきらぼうに尋ねる貴裕くんは、怒っているようにも見える。
「ひ、左。でも、大丈夫。自分で医務室に行けるから」
そう言って、私は再び立ち上がろうとするけれど……
「無理だろ」
私の足首に触れた貴裕くんは、なぜか自分の鞄と私の鞄を重ねて私の膝に置いた。
何?
わけが分からなくて首を傾げる私を見下ろして、貴裕くんは、ふぅぅっと大きく一つ深呼吸をした。
かと思うと、スッと私の脇下と膝裏に腕を通して私を抱き上げる。
「えっ? ちょっ、ちょっと、貴裕くん、私、重いから! 大丈夫、ちゃんと一人で行けるから!」
私は焦って、そう言うけれど、すぐ目の前にある貴裕くんの顔は、一切動じない。
「この状態で歩けるわけないだろ? 肩を貸そうにも身長差がありすぎるから、1階の医務室まで我慢して」
貴裕くんはそう言うと、ゆっくりと階段を下り始めた。
そうか!
私を抱えてるから、足もとが見えないんだ。
足を踏み外さないように慎重に下りる貴裕くんの胸はとてもあたたかくて、とても心地よかった。
ただ、男の人に抱き抱えられるなんて初めてのことなので、顔から火が出るほど恥ずかしかったけれど。
すぐ目の前に貴裕くんの顔がある。
私は、貴裕くんがまっすぐ前を見てるのをいいことに、じっとその整った横顔を眺めていた。
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