1/1
前へ
/3ページ
次へ

「いつでも連絡してほしい」と、あの子は言った。 「いつでも話そう」と、私も返した。  だけど、共にカップケーキを食べる日は、恐らくもうほとんど来なくなる。  二度とない、とは流石に言いたくない。けれど、ほとんどないだろう。  私も彼女も、とっくの昔に別々の道を歩んでいたのだ。  ──いや、もしかしたらはじめからそうだったのかもしれない。  ほんのひと時の間、並んで歩いたことがあるだけ。  その時間が何よりも大切だったという事実があるだけ。  そしてきっとそれで良いのだという、諦観とはすこし異なる予感があった。  私はこれからも、しばし彼女を忘れて日々を営む。  今まで通り行きつけのカフェでモーニングを頼み、コンクリートの上でパンプスを鳴らし、缶コーヒーを片手にデスクに向かう。たまに定時で切り上げられたら、その足で上野のナイトミュージアムと洒落込むのだ。  そこにあの子の影は一ミリたりとも存在しない。  ──それでも、きっと毎年この日に思い出すのだろう。  こうして一人カップケーキを齧っては、今はすれ違うことさえなくなった親友を想い、彼女に注がれるさいわいを祈るのだろう。    私も彼女も筆不精だから、こんな時でさえきっとメッセージの一つも送りあわないかもしれない。  それでも良い。そんな淡白な距離感でも、良いのだ。  カップケーキ一つで互いを思い出す、そんな「特別」があって良いし、それが良い。  いつかまた、互いの歩みが交わるその日まで。  もしくは、また並んで歩くその日まで。  ──その日が来ずとも、それはそれで。  最後の一口をためらわずに放り込む。しっとり甘じょっぱいケーキと、舌先に残るラズベリージャムの味に、頭がすっと冴えていくのが分かった。  これで帰り着くまでは頑張れる。帰り着いたらシャワーを浴びて床に就く、そしたら明日も頑張れる。  こうしてまた毎日を送ることができるのは、その陰に、あの子がくれた祝福があるから。  そして、あの子が送る日常の陰に──せめてこの日一日だけでも、私の捧げた祝福が、あの子にさいわいをもたらすようにと祈らずにはいられない。  互いを想う祈りがある──それだけできっと、私たちは友のままでいられるのだ。  すっかり渋くなったアールグレイを流し込み、席を立つ。  通りを叩くパンプスのヒールが、僅かに爽やかな音色を奏でていた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加