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暫くの間、集中治療室に入っていたナオヤが容態が安定したからと一般病棟に移ってから1ヶ月が経った頃
今まで全く意識を取り戻さなかったナオヤが目を覚ましたという知らせを受けた俺は病室に向かっていた
ナオヤは首をナイフでひと突きしていたせいでかなりの出血をしていたが、大事な血管までは運よく到達していなかったらしい
一命を取り留めたのは本当に奇跡だ
それにしても…あの惨状
ナオヤが壊れて最後にタマキに反抗した…?
完全にタマキに従順になっていると思っていた…
それなのに刺されたタマキはどう思ったんだろう
こうなることはタマキでも想定外だったんじゃないのか?
ちなみにタマキも腹をナイフで深々と刺されていたせいで出血多量の重体だったが、数日眠っていると思ったら気がつけば目を覚ましていた
アイツ、不死身なのか…?
勿論同じ病院にナオヤが入院していることは内密にしてもらっている
セキュリティの強い病院だからタマキのコネを使ってもここにいれば安心だろう
そうこう考えていたら病室についていた
基本面会はまだできないが理由が理由なだけに俺だけは面会を許してもらっている
ガラ
「…ナオヤ?」
病室に入るとナオヤは目を覚ましていた
首に巻いてある包帯が痛々しい
こちらを見て驚いたような顔をする
「…ァッ!……ッ!」
首もとを抑えて必死に声を出そうとしているが上手く音にならない
「無理に声出さないほうがいい…!これ…使って」
看護師の人が気を遣って病室に置いておいてくれたんであろう紙とペンをナオヤに差し出すとナオヤはゆっくりと覚束ない手で文字を書きこちらに差し出してきた
ー明人?こんなところに居て大丈夫?
…え
そしてナオヤは更に書き足す
ーオレと一緒にいたら父さんと母さんに怒られるよ?
文章だからかもしれないけど言葉遣いが
そして表情が俺の知ってるナオヤよりもだいぶ幼い感じがした
毒気がぬけたような…
そして何よりも…俺のことを弟の明人だと思い込んでる…?
最初は単純な漢字の間違えだと思った。
ただその後の家族絡みの内容でまさかと思っていたことが確信となった
「うん、大丈夫だよ」
そして俺は、この気に乗じて咄嗟に嘘をついた
“流石に実の弟は死んだ”なんて言えない。ましてやナオヤが殺したなんて今のナオヤには酷過ぎる
ナオヤが思い込んでくれてるうちは弟のフリをすることにした。
幸か不幸か目を覚ましたナオヤは記憶を失っていた
これはナオヤをタマキから救うチャンスじゃないか…?
俺は今まで何も出来なかった
タマキに壊されていく玩具をただ見てるだけ
仕方ないって思いながら現実から目を逸らしてきた
ナオヤは一度は壊れてしまったけど…
今、タマキから守れるのは俺だけなんじゃないのか…?
タマキにはナオヤが生きていてこの病院にいることやナオヤの存在を隠し通さないといけない
自分に従順だと思っていた玩具が反抗したと知ったらタマキは絶対にまた楽しめると思って遊びたがるに決まっている。そして今度こそもっと惨いやり方をするはず…
それじゃなくてもタマキはナオヤに対して今まで
の玩具以上に執着しているところもあった
ナオヤが粘り強いというのもあったけど、それを利用して常にナオヤの限界を図っている感じもした
まるでサンドバッグのような…
…なんとかしてナオヤが見つからないようにしないといけない
ナオヤが眠っている間にずっと考えていた
そして俺はある作戦を思いついた
まさかナオヤが記憶を失っているとは思わなかったが、その方が効率が良い
すぐに実行した
とりあえずは外側から…
俺はナオヤの病室を可愛いものでいっぱいにした
「何これ?」
ようやく少しずつ声を出せるようになったナオヤが不思議そうに聞いてくる
それはそうだろう
病室にいきなり大量のぬいぐるみが運ばれてきたんだから
「ナオヤは記憶が無くなる前はこういう可愛いものが好きだったんだよ。」
我ながらに苦しい嘘だけど
なんとか言いくるめた
「…ふーん。」
あまり納得いってなさそうだったが、そう言いながらも手元のパンダのぬいぐるみを撫でている
…なんとか誤魔化せたみたいだ
意外にもナオヤはぬいぐるみを気に入ったらしい
まぁ元々俺くらいしか話し相手がいないのもあるけど、時々ぬいぐるみに話しかけているのを見かけることがあるから、病室ではいい話し相手にもなっているんだろう
ある日のこと
病室から話し声が聞こえてきた
またあのパンダに話しかけてるのか…?
こっそりドアの隙間から様子を覗き見する
そこにはやっぱりパンダを持ち上げて話しかけているナオヤがいた
「…オレさ、何か大切なことを忘れている気がするんだよね…」
一瞬聞こえた言葉にドキッとした
「…たださぁ、何かを思い出そうとすると何故か涙が止まらなくなるんだ…何でだろうね?」
そう言ってナオヤはパンダをギュッと抱きしめた
ナオヤがそんなことを思っているなんて知らなかった
俺にはそんな話しは一切してこないから
でも俺はナオヤを騙してるから…
こんな時にあのパンダのように寄り添ってあげる資格はない。
俺は…俺のやるべきことをやるだけ
それだけだ
✱
「…え?女装?……これ被るの?」
流石に記憶がなくなっているナオヤでも怪訝な顔をする。
そりゃそうだ急に女装しろって言われたら誰だってそういう反応するに決まっている
ナオヤは首の傷もだいぶ治って声も出せるようになったし、後は記憶が戻るだけというところまで回復した。
そのため数日後の検査で何もなければ退院することになったのだ
病院を出るということはナオヤを隠せるところが無くなるということを意味していた
そこで女装はタマキからナオヤを隠すために思いついた作戦だった
実際ナオヤの周りを可愛いもので固めたのも精神的に安定させるためもあるが、女装をする時になるべく抵抗なくやってもらうためだったりもする。
ナオヤには女装したまま学校に通ってもらう。
それだけでも自然とタマキやSMOKILLの目は背けるだろう
俺が入学する予定の剣ヶ崎東高校はそれなりの学力がないと入れないし、何より制服を着ないといけないから女装を続けることは難しい
そこで目をつけたのは志騎高だった
不良ばかりの高校だけど、だからこそ上手く紛れられるし私服も大丈夫なことから女装も続けられる
入学手続きは家のコネでなんとか上手くできるだろう
あとの問題は…
「これ…被るの…?」
ナオヤに女装をしてもらうだけ…
ウィッグを摘んでナオヤは未だに渋い顔を続けている
「あのさ、ナオヤにはずっと言ってなかったんだけど実は、実はナオヤの命を狙ってる奴がいるんだ…記憶がないのも恐らくそいつらが原因で…」
もう正直に言うことにした
こればっかりは誤魔化せないし、ナオヤ本人の協力が必要だから
「いいよ。」
え。
急な即答にびっくりして思わずナオヤの顔を見るとそこには記憶を無くす前の最後に会ったときの、表情のないナオヤがいた
「別にオレの命が欲しいならあげるけど…?」
心がざわついた
もしかして…記憶が…?
そうだとしても…
「俺が嫌だ!!!」
ナオヤと目を合わせて本気で自分の気持ちを伝えた
数秒間をそのまま視線を合わせていたと思う
ナオヤの目に急に光が戻ったと思ったら
フッと笑って俺の頭を撫でてくる
「なに?珍しいね。でも可愛い弟の頼みならしょうがないか。これ被って女のフリだけすればいいんでしょ?」
なんだか安心している自分がいた
まだ…
まだナオヤには記憶が戻ってほしくない
…それがナオヤにとってよくないことだとしても
「うん。見た目だけでもいいからなるべく自分を隠して欲しい。」
「これ、相当ネタじゃない?」
ウィッグを被ったナオヤがすごく微妙な顔してこっちを向く
「そこは…頑張ろう…」
それからナオヤは無事に退院して2人であーでもないこーでもないなんていいながら、時に笑い死にそうになりながらも化粧の練習をしたり、女の子っぽい振る舞い方や服装なんかを研究した
そうこうしてなんとか言われなきゃ女装だってバレないんじゃないかってところまで形にできたと思う
ナオヤは高校の近くのボロアパートに1人暮らしを始めて、晴れて志騎高に入学した
暫くは女装が慣れなくてあまり人ともコミュニケーションが図れなかったらしいナオヤは友達を作らずにいた
ナオヤが2年になったころ
俺は剣ヶ崎東高校、通称ケンコーに入学した
あまり俺と接触をしているとタマキにバレる可能性があるからなるべく一緒にいないようにしたいところだったが、何せナオヤには心を許せる人が俺しかいないからよくケンコーにまで俺を迎えにくるようになった
“…暁斗みたいな奴が弟だったらよかったのにな”
いつしかナオヤが俺に言った言葉がふとよぎる
ナオヤは今幸せなのかな?
実の弟を殺して
偽りの俺を弟だと思い込んでる
これでいいのかな
いや、良いんだよな?
時々自分の選択が間違えてるのではないかと不安になる
そしてそんなナオヤも2年になって暫く経つと女装にも慣れて、自分から同じクラスや学年の生徒とも自然に絡めるようになっていた
クラスの女子にはメイクを教えてもらっているらしい。女の子は優しくて好きだとよくナオヤが言っている。
あの時、SMOKILL以外に居場所が無いと言っていたナオヤにはタマキから隠れつつも新しい居場所を作って欲しかった
志騎校はその1つでナオヤの居場所になったらいいなと思っていたから単純にナオヤが溶け込めているのは俺も嬉しい
それに伴いケンコーにもあまり顔を出さなくなっていたナオヤに俺は安心していた
だからこそ
気づけなかったんだ
ナオヤにSMOKILLが近づいてきていることに
俺はあの日以来、騒動に紛れてSMOKILLにはあまり顔を出さなくなっていた。タマキの近くにいるとボロが出そうだから
それがとんだ誤算だった
ナオヤが学校の友達に勧められて始めたSNS
俺もナオヤに勧められて登録はしたが全然活用していなかった
だからすぐに気づけなかった
ナオヤが夏休み中に投稿した満月の写真
それと同時にナオヤと連絡が取れなくなった
胸騒ぎがして必死にナオヤを探した
やっぱり俺は無力だった。
完
ここまで読んでくださりありがとうございました。
最後ちょっと駆け足で終わらせてしまったのでもしかしたら加筆修正入るかもしれませんが、ひとまず過去編の暁斗サイドはここまでとなります!
ナオヤが女装するようになった理由や暁斗の立ち位置なんかが今回はストーリーのメインかな、と思っております。
本当は暁斗とナオヤで色んな所に遊びに行ったりもしていたので、そんなほのぼのしてるお話もいれたかったのですが…!!
それはまた番外編みたいな感じで書たらなと思います。
このストーリーの続きはナオヤの8月19日に繋がります。
そちらも読んで頂けたら幸いです!
それではこの辺で。
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