不満そうな右方くんとご機嫌な左田島くん

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進級にあたって実施されたクラス替えで、変わり者が二人クラスメイトになった、としばし学年の中で噂になった。すなわちいつも不満そうに口をへの字にしている右方(みぎかた)と、何が有っても、特に何も無くてもにこにこご機嫌な左田島(さたじま)の二名である。両極端な二人は「足して二で割ると普通の人」といつも噂を締め括られる。 「ミギー誰睨んでんの」 授業終了のチャイムが鳴った休憩時間中、右方の席へ友人の中川がやって来るなり問うた。ミギーとは右方の愛称だが、中川が勝手に付けたもので本人からは毎度やめろと言われている。今回も例に漏れずやめろと不満を漏らしたところで、短く質問の答えが返ってくる。 「左田島」 視線の先には女子と談笑する左田島。彼は異性にモテる。長身で物腰も柔らかく前述の通りいつも笑顔、前髪と言わず後髪を流してまで目を隠してはいるが、鼻筋は通っているし時折覗く目は極端に小さいとか瞼が腫れぼった過ぎるとかそんなこともなく、やはり普通にイケメンだという。 そんな彼を左田島が見ていると知って、あー、と納得とも残念とも言えるような声を中川が漏らす。イケメンが女子と談笑する姿など、モテない方の男子からすれば睨みたくもなるのは非常に理解できるが、かと言ってこの右方がそういうタイプかと言えばそうではないからだ。端的に言うと異性に、恋愛に興味が無い。 「あいつモテるよなぁ。お前も惚れちゃった感じ?」 無いと分かっていてからかった。やはり即座に否定が返ってきたが、その後理由が続いたので中川の狙い通りである。 「この前あいつ見かけたんだけどよー、一人で歩いてんのにずっと笑ってんの。女に殴られてたの見た時も笑ってたし」 「え……こわ……」 「いつ真顔になんの?と思って見てた」 なるほど、と納得したが目の前のへの字口は自分を棚に上げていることを思い出した。 「つってもお前もいつも不機嫌じゃん」 「うっせ」 への字口が中川の方へ向くと、不意に左田島の視線が右方を捉えたが二人は気づかない。 「不機嫌でいるより笑ってる方が意識も筋肉も使うじゃねーか。俺のは無表情と近いから表情筋もそんな使ってねーしな」 右方は表情のせいで無気力で大したことを考えていないようにも見られがちだが、実際はよく観察し深く考えるタイプだ。むしろ考え過ぎる傾向がある。 自分とは違う、と言いたいのか、単なる好奇心か何かなのか。何にせよ興味を持つことは良いことである、と兄にでもなった気分で思った中川だが、不意に横から「ねぇ」と割って入る声がした。 左田島が二人を見下ろしていた。 「右方くん、借りてい?」 「えっはい、どうぞ」  長身に見下ろされてつい二つ返事で了承した中川の前で、右方が「本人に聞けよ」と呟いている。 「じゃあ借りまーす」 「おい」  本人の意思を無視して腕を引いて教室を出る左田島と、半ば引きずられている右方を、中川は手を振って見送った。 ・・・・・・ 「じゃあさ、俺のこと泣かせてみてよ」 「……はあ?なに、お前マゾなの」 「違うよ。右方くん笑わせてみるからさ」 「いや要らねぇし」  下らないことに巻き込むな、と右方は短くため息を吐いて進路を塞ぐ左田島の腕を押しやった。ところがすぐに追いかけてきてまた塞がれてしまう。 「何がしたいの、お前。なんで執着すんの」 「なんだろう……、分かんないや」  相変わらず笑ったままの左田島の口元が、引きつったように見えて、右方はおもむろに彼の垂れ下がった前髪を乱暴に持ち上げた。別になんてことはない、不思議そうに見返す目があるだけだ。 「笑ってんのは口元だけか?だから隠すのか?」 「……笑い皺ができたら嫌だしね」 「絶対嘘じゃん」  はは、と不満そうなまま右方は笑い声を洩らした。その後一瞬押し黙って、前髪を解放する。ワックスで固めてあったわけでもないが、手の熱のせいか少し浮いたままになってしまった。それを直すわけでもなく、左田島は右方を見返している。 「まあ……、努力義務な」 「え?」 「よく分かんねえけど付き合ってやるよ。表情崩してやろうゲーム」 「ネーミング……」  ださい、とは言わなかった。そんなことで無しにしたくはなかったし、受け入れてもらえたことが単純に嬉しかったのだ。  こうして始まったこのゲームの最中、中川が大いに巻き込まれて胃が痙攣するほど笑ったり過呼吸になる程泣いたりした後、右方と左田島がお互いを理解して仲を深めていくのだった。 終?
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