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そして事態は思いがけなく急展開する。
「香坂さん、先日はどうも」
どうしてだか、あの憎き湯沢吉成が俺の目の前に現れた。
正しくは俺が会いに来たんだけど。
何故なら、こいつはうちの会社と提携している病院の院長の息子だったから。
そんな事は全く知らずに健康診断を受けにきてしまった間抜けな俺。
もっと早くに湯沢の名字で気付いていれば…
大和君と俺の母校は一緒。イコール家柄もそれなりだと簡単に分かる事だったのに。
だが今日は睨み付けてやりたい本音を隠し、大人の対応を心掛けなければ。
個人の香坂崇で、この場に来たわけではないのだから。
「これはこれは湯沢先生、よろしくお願いします」
「それでは問診を始めます」
胡散臭い笑みを浮かべながら奴は言った。
くそっ!あの日から大和君と連絡が取れなくてやきもきしているって言うのに、どうしてその原因である男と顔を合わせなければいけないのか。
相当もやもやしたが、その後の検査はあいつの担当ではなかったらしく嫌な気分にならずに全てを終え、秘書と共に病院の出口へと向かった。
近代的な作りで日の光を存分に浴びられる長い廊下を歩いている最中、
「待って下さい!香坂さん」
大きな声を出して何故か早足で湯沢が俺を追いかけてきた。
一瞬このまましかとして気付かぬ振りをしようかとも思ったが、大和君の不自然な行動も気にかかっている事もあり秘書を先に行かせることにした。
「何でしょうか、先生」
俺は立ち止まってわざと先生を強調して言ってやるが、こいつは歯牙にもかけず、
「大和から話はいきました?」
「はっ?」
話?それ以前に連絡も取れてないよ!
しかも、こいつ呼び捨てにしやがったし。
「その様子だとあいつ、まだ香坂さんに話してないんですね。いくらあなたに言いにくいからって」
含みを持たすようにして笑っている。
何が言いたいのか理解ができず、益々俺の気分は害され眉間の皺は深くなるばかり。
だが、ここで殴ったりして問題を起こしても何一つ俺の得にはならない。
「先生のおっしゃりたいことが分かりかねますので失礼します」
胸ぐらを掴んで脅し文句を吐いてやりたい気持ちを抑え、張り付けた作り笑顔で最後の挨拶をする。
「そのうち分かりますよ。香坂さん、一度壊れた関係って簡単には元に戻れませんからね」
今のはどういう意味だ?
闘争心を隠さず鋭い視線を向ければ、半笑いを浮かべた湯沢は満足げに病院へと戻っていった。
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